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おれたちバグズクラス!-5

月が照っていたはずの夜に雨が降り出した。 入浴を終えたばかりの黒揚羽はパーカーを羽織って鬼蜘蛛の屋敷を出、傘も差さずにフードだけかぶり、零時前の夜道を歩き出す。 雨に打たれるのは好きだった。 汚れたこの体が洗い落とされていくようで、そんなこと、幻想だとわかりきっていたが。 一時間以上歩いて黒揚羽が辿り着いた先は住宅地裏手に広がる雑木林だった。 雨脚は強まり、全身ずぶ濡れになった彼は迷わない足取りで常緑樹が周囲に生い茂る一本道を突き進んでいく。 幼い頃に足長とよく遊んだ秘密基地。 ……足長はまだ「あれ」をつくっているのだろうか。 『ほら、すげーだろ』 『……これ、足長ひとりでつくったの?』 『もちろん!』 『……すごい、きれい』 『もっと立派なの、これから作れるようになる、そしたらまた黒揚羽に見せてやるから』 『うんっ』 雨が止んだ。 月が再び雲間に現れて雑木林が幻想的に彩られる。 不意に足を止めた黒揚羽の目の前に広がるのは。 木から木へ、葉から葉へ、縦横無尽に紡がれた無数の糸。 雨滴をまとい、月光を浴び、イルミネーションのようにきらきら瞬いている。 何かの模様を象っているわけではない、ただ糸が一定の空間に張り巡らされているだけ、そんな無造作ながらも繊細なる糸の砦に黒揚羽は幼い頃と同じように魅了される。 しばらく立ち尽くしていた黒揚羽の背にかけられた声。 「綺麗だろ」 足長だ。 雨上がりはより美しく際立つ巣を見にきてみれば日頃つれない幼馴染みの姿を見つけ、驚いたものの、すぐに嬉しさが勝って駆け寄ってきた。 「今日ハナシして懐かしくなったのか? でも、それならこんな夜遅くじゃなくても……」 黒揚羽の隣に行き着いた足長の言葉が途切れた。 黒揚羽は咄嗟に俯く。 滑らかな頬に落ちていた涙を慌てて拭う。 「……気紛れだ」と、投げ遣りに言い捨ててその場を去ろうとしたが。 「お前、なんで泣いてるんだ?」 足長に腕を掴まれて身動きがとれなくなった黒揚羽、びしょ濡れのフードまで外されて、これまで避けてきた幼馴染みと視線を合わせる羽目に。 「……離してくれ」 糸の砦を背にして涙ぐむ黒揚羽は何よりも誰よりも綺麗に見えた。 甘い錯覚に脳髄が満たされる。 やっと念願の宝物を得ることができたような。 「黒揚羽」 錯覚を現実にしようと足長は黒揚羽を抱き寄せた。 幼い頃からずっと惹かれていた足長の温もりに思わず黒揚羽は身を任せてしまいそうになる。 ……汚れた俺はここに迎えられていい存在じゃ、ない。 現実の戒めに心身を縛り上げられた彼は身を離そうと、あたたかな胸に拳を振り上げた。 「殴るなよ、痛い」 「離せ……っ何も知らないくせに!」 「知らないって、お前が鬼蜘蛛の巣に囚われてることか?」 「ッ……」 「知ってるよ、お前があいつに引き取られてから、笑顔がなくなってから、知りたくなくても知るしかなかった。あいつに……あいつのものになったって」 違う、そんなことじゃない。 やっぱりお前は何も知らない。 「……その通り、俺はあいつの所有物だよ……だから離してくれ、足長」 「嫌だ」 「足長」 「じゃあ、もしも、鬼蜘蛛に囚われていなかったら」 「え……?」 「自由の身なら」 自由の身なら。 そんなの答えは昔から決まっている。 「……お前のものになりたい、足長……」

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