229 / 620

チヨコレイト・パイナツプル-3

「授業始めるぞ、みんな席に着け」 翌日。 いつもと全く変わらない様子で一日の授業を続けた担任の来島と、七斗は、一度も目を合わせることができなかった。 「ねーねーナナ君、トイレ行かないっ?」 これまで特に会話することもなかった廻からは何故かやたら連れションに誘われた。 帰りのHRが終了すると飼育委員の七斗は学校敷地の隅っこにあるウサギ小屋へ傘を差して向かった。 飼育委員のもう一人は風邪でお休みしていたので一人で掃除を始める。 外壁と屋根はトタン板を使用していて雨音が少々うるさい。 中は割と広めに作られていてウサギたちがぴょんぴょん飛び跳ねている。 掃除が済んで、近所の八百屋からもらってきていたキャベツやニンジンを餌ケースに並べていたら。 「給料出したいくらいちゃんと働いてるのな」 びっくりして顔を向ければフェンスの向こうにビニ傘を差した来島が立っていた。 「給料代わりにチョコレートやろうか、七斗」 ワイシャツにネクタイ姿の来島はスーツパンツのポケットから本当にチョコレートを一粒取り出すと、戸惑う七斗の前で包み紙を開いた。 網目のフェンスからにゅっと差し出されたチョコレート。 「ほら」 「……」 「あれ。チョコレート嫌い?」 七斗の足元ではウサギ達がせっせと食事している。 なんか七斗も飼育されてるみたいだな。 フェンス越しに掲げたお菓子におっかなびっくり七斗が近づいてくるものだから、益々飼育され感が強まって、年甲斐もなく悪戯心が湧いてきて。 「あ」 ただでさえPTAやら保護者やらに凄まじい剣幕で怒鳴られるレベルの振舞だというのに、掲げていたチョコレートをひょいっと遠ざけて、意地悪して。 「う」 泣きそうになりながらもフェンス越しに睨んできた七斗に「ごめんごめん」と軽い口調で謝る。 カシャン もう一度網目を潜って差し出されたチョコレート、七斗は両手でフェンスを掴んで、ぱくっと食べた。 「もいっこ食べる?」 「……学校でお菓子食べるの禁止だよ、先生」 「いっこ食べただろ」 「……先生がくれたもん」 「お前さ、昨日なんであそこにいた?」 両手でフェンスを握ったままもぐもぐしている七斗を来島は中腰になって覗き込んだ。 「昨日は飼育当番じゃなかったもんな。お前に限って忘れ物とかないだろうし。何となく気になって」 まだもぐもぐしている七斗。 「食べるの遅いな」 「むぐ……先生におめでとうって、言おうと思って」 ざあざあ降り続く雨。 「昨日、誕生日だったから」 お腹いっぱいになったウサギが七斗の足元でまたぴょんぴょんし始めている。 「おめでと。来島先生」

ともだちにシェアしよう!