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魔王が来たりて愛を囁き偽姫男が野蛮に嗤う-3
「姫!!!!」
魔界を統べる支配者ラムシュタイン猊下の城にて。
妖しいムード漂う人外境、不思議な花咲く蔦の絡まる窓辺から外を眺めていたアッシュはぎょっとして振り返る。
重厚なる調度品に埋め尽くされた、絵画に描かれていそうなゴージャスな広間を背景にして、一人の男が忽然と姿を現していた。
いかにもハイスペック勇者といった佇まい。
なんだか懐かしいものを見るように、アッシュは、まじまじ男を眺めた。
「憧れてたよな、こういうの……」
「姫! さぁ、今すぐここを出ましょう!」
装備をがちゃがちゃ言わせて近寄ってきたかと思うと、立派な成りをしたキラキラ勇者はいきなりアッシュの手をとった。
「へっ!?」
「白百合の君、僕は貴方を探しておりましたのです!」
「ししししっ白百合の君ぃ!? おおおおっ俺はちがッ、んな馬鹿なッ」
「さぁ、魔王に見つかる前に早く、あ、んぎゃああ!!!!」
キラキラしていたはずの勇者が急に素っ頓狂な悲鳴を上げたので、手をとられていたアッシュも思わず「ぎゃああ!」とつられて悲鳴を上げてしまった。
アッシュの手をとっていた勇者の片手に蔦が絡みついている。
装具の隙間から肌へ、鋭い棘ありの蔦が忍び込み、勇者の血を吸い始めた。
そう、窓辺に絡む蔦に咲き誇る不思議な花、それらはどれも人の顔をした人面花で……。
「ぎゃー! 姫! どうしよう、血ぃ吸われてるよー!!」
「ひー!! てか俺姫じゃないです!!」
「えー!? だってドレス着てんじゃん!」
「うわー! 男だってば、声聞いてわかるでしょ!?」
「あ、ほんとだ」
「うるっせええええ!!!!」
広間の扉が蹴破られる勢いで開け放たれ、ぎゃーすか騒ぐアッシュと勇者の元に魔王の息子、オペスがやってきた。
絡みついていた蔦を片手の深黒爪でばっさり断ち切ると、顔色悪い貧血勇者を肩に担ぎ、野蛮に嗤う。
「こいつ、顔悪くねぇな、親父が煉獄トリップ執行する前に俺がもらっとくわ」
そう言って一気に大人しくなってしまった勇者を軽々と担いだまま颯爽と広間を出て行った。
だだっ広いゴージャス空間に再び一人きりとなったアッシュ。
一応、彼も勇者の肩書きを持ってはいるのだが。
「アッシュ、危なかったね」
またまたぎょっとして目をやれば。
吸血蔦の踊る窓辺にラムシュタインが優雅に腰掛けていた。
「ラ、ラム」
「オペス、趣味悪いなぁ。ねぇ、アッシュ?」
ドレスの裾をふわりと広げてふかふか絨毯に座り込んでいるアッシュにラムシュタインは美しく微笑みかける。
「今夜は我の寝室へおいで?」
現在、魔王の嫁という肩書きも持つアッシュ、ぼふっと顔を真っ赤にして視線を逸らした……。
「奥方様ぁ、今夜はとびきり美しく着飾りましょうねぇ?」
「景気づけに麝香蜜入りホットチョコレートでもお飲みになりますぅ? それとも先日手に入れた〈過激淫らな熱帯夜向けあばずれ風ランジェリー〉おつけになりますぅ?」
一つ目の人外召使達に左右から話しかけられてアッシュはぶるぶる首を左右に振った。
アンティーク調のイスに腰掛けた魔王ラムシュタイン、メイクやヘアセットを泣きっ面で受け入れているアッシュをちょっと遠巻きに見つめていた。
なんて可愛らしい、アッシュ。
唇も鼻も眼球も髪も肌も爪も五臓六腑も、ぜーんぶ、可愛い。
「ぶえっくしゅ!!!!」
おしろいをぱたぱたはたかれて派手にクシャミしたアッシュ。
ラムシュタインの紫水晶と紅玉のオッドアイはさらに底なしの深ぁぁい愛情を孕む。
「あ、あの人、なんで一人で笑ってるんですか?」
「やですわぁ、おほほ」
「奥方様に見蕩れていらっしゃるのですよぉ、おほほ」
遠巻きでありながらも容赦なく突き刺さるラムシュタインの熱視線ビームにアッシュは居心地が悪そうだ。
ちら、ちら、と変なおじさんでも見るように麗しき美貌青年ラムシュタインへ警戒の眼差しを送っている。
ああ、アッシュが我を見ている。
あんなに愛しそうに。
嬉しいな。
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