346 / 596

たまゆらみすてりぃ-2

左右に鬱蒼と草木が生い茂る石段を登って朽ちかけの鳥居を潜れば何とも古めかしいお堂に出迎えられた。 西日で眩しい緑の狭間から聞こえてくる命短し蜩の断末魔。 吹きつけてくる生温い風に肌を滴り落ちる汗がさらに増していく。 「あっつ……にしても古そうだな……ここに由来が書かれてるっぽいけど、文字もほとんど消えてる……えっと……?」 お堂の傍らに佇んでいた立て看板は傷んでいて文字の判別はほとんど不可能だったが。 「命を産みし男神……怒りをかって他の神々から追放……どうして怒りを買ったんだろう、肝心なところが読めない」 産み神の男神、つまり出産機能があったってことか。 「凪叉、ここ、いいネタになりそうだ。これなら教授も確かにビックリしてくれるかも……え?」 振り返って誠一郎は驚いた。 凪叉がどこにもいない。 一緒に石段を上ってここまでやってきたはずなのに、先程まで背後にいた気配があったというのに。 「凪叉?」 お堂の周囲を一周し、石段を下りて駐車していた車のところまで戻り、それでも見つからない友人に誠一郎は眉根を寄せた。 なんだこれ。 どこにいったんだ、あいつ。 ちょっと目を離した隙にいなくなるなんて小さな子供じゃあるまいし。 車の前で付近を見回していた誠一郎にさらなる急展開が訪れた。 急に視界が薄暗くなったかと思えば。 あれだけ西日に満ちていたはずの空から大粒の雨が降り出した。 途方に暮れるでもない誠一郎が再び素早く石段を駆け上って凪叉をもう一度探そうとすれば。 「凪叉」 お堂の前に凪叉は立っていた。 格子戸に正面を向けており、ずぶ濡れになった後ろ姿を見つけた誠一郎は迷うことなく駆け寄った。 「お前どこ行ってたんだよ、からかうにも程があるって……」 隣に並んだ誠一郎は台詞を切る。 妙な違和感に首を傾げた。 あれ。 こいつ凪叉だよな? 一瞬、全く知らない他人に感じたのは気のせいか? 容赦ない降雨にどんどん濡れそぼっていく誠一郎と凪叉。 雷鳴まで轟き始め、妙な感覚から我に返った誠一郎は凪叉の手を引いて車へ戻ろうとした。 すると。 逆の方向へ誠一郎をいざなった凪叉。 石段ではなく目の前のお堂へ足を進めるではないか。 「車じゃなくて、ここで雨宿りするつもりか? でもいつ止むか……」 薄氷のようにヒンヤリした掌に誠一郎は目を見張らせた。 「お前、相当体冷えたんじゃないか? 早く車に戻った方がいいんじゃ」 凪叉は言葉もなしに首を左右に振って。 お堂の格子戸に手をかけた。 キィ………… 管理の甘さに驚かされている誠一郎は無言の友人に中へ導かれていく。 四畳半ほどの板間。 色褪せた飾り天井。 どこか異界じみた余所余所しい空気に満ち満ちている。 こんな場所に勝手に入っていいわけがない、突然の振舞にただただ流されていた誠一郎は前を進む凪叉の腕をとって車へ引き返そうとした。 引き寄せられた凪叉はそのまま誠一郎の胸へ身を寄せた。 重たげに濡れた服が重なり合う。 いつの間に失せた熱気、代わりに肌身に巣食っていた粟立つような冷気が心なしか薄れていく。 少し背伸びした凪叉はすぐそこにあった唇にキスを。 大きく見開かれた誠一郎の双眸。 限界まで広がった視界の中心にはレンズ越しに閉ざされた瞼。 次にゆっくりと持ち上げられて現れた瞳に揺蕩うは蠱毒じみた色香。 「お前、凪叉だよな……?」 「なぎさ? それがこの者の名か?」 「……」 「なかなか具合のいい器だ」 「……お前、いつまで俺のことからかうつもりだ」 「お前の名は。何という」 「……」 「いや、うむ、せいいちろう、か」 お前を我におくれ、せいいちろう。

ともだちにシェアしよう!