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たまゆらみすてりぃ-4
「疼きそうなくらい飢えてるんです」
キャンパスで最も古い建物に該当する東館二階の片隅にある研究室にて。
穏やかな日の差す午後、窓を覆うブラインドの向こうからは裏庭で囀る鳥の鳴き声が聞こえてくる。
講義中で心地のいい静寂が保たれている中、その学生の声はやたら色香を伴って彼の鼓膜に訪れた。
「みっともない俺の飢え、満たしてくれませんか……?」
「凪叉君、君はここ最近えらく雰囲気が変わったねぇ」
民俗学教授の保平は目の前で妖艶に微笑む凪叉に惚れ惚れした。
うつむきがちで物静か、端整な顔立ちが野暮ったい眼鏡で台無しになっていたはずの履修生。
今は眼鏡を外し、以前とは明らかに違う媚びた眼差しでこちらをじぃっと見つめてくる。
「前の君にも興味があったけれど、今の君も、とても興味深い」
四十代でバツイチかつ色男の保平は長机の傍らに佇んでいた凪叉の元へ歩み寄り、その細い顎をクイッと持ち上げた。
されるがまま、むしろその先を望んでいる彼にキスしようと、
ばんッッッ
「学生に対するセクハラで訴えますよ、保平教授」
立てつけの悪い研究室のドアが勢いよく開かれたかと思えば別の履修生、登田誠一郎がものものしい表情で現れた。
「登田君、君って奴は。いくら大事な大事な友達だからって。人のランデブーを邪魔しちゃいけないよ」
「凪叉から離れてください」
「怖い怖い。君、刃物か何か持っちゃあいないだろうねぇ?」
「フォークでもいいので食堂から借りてきたい気分ですよ」
剣呑に睨む誠一郎、飄々としている保平。
そんな二人の傍らで凪叉は大袈裟に肩を竦めた。
「あーあ。過保護なせいいちろうにまた邪魔された」
凪叉は、彼は、出入り口なるドアではなく保平のデスクが設置された窓際へと足を進め、次の行動を察した誠一郎は眉根を寄せた。
「ば……ッ、やめろ、凪叉!」
何をやめろと言っているのか、誠一郎と対峙している保平が目を見張らせた、その後ろで。
ブラインドを乱暴に押し上げて窓を開いた彼はそのまま外へ飛び出した。
二階から人気のない裏庭へ。
体勢を崩すことなく雑草の生い茂る地面へふわりと着地した。
窓から身を乗り出して二の足を踏んでいる誠一郎を背中越しに見上げて彼は悠然と片手を振る。
「せいいちろう、ばはは~い♪」
そのまま軽快な足取りでその場を去ろうとしたのだが。
どしゃッッッ
「……いてて」
「……せいいちろう、お前、何をしておるのだ」
踵を返して呆れている彼に、地面に蹲って左足を押さえていた誠一郎は痛みを堪えて笑いかけた。
「何って、お前の真似」
ブラインドをちゃんと上げて研究室の窓から保平が興味津々に見下ろす中、渋る誠一郎を軽々と背負った彼はふらつくことなく裏庭から去って行った。
「いやはや、本当、興味深いなぁ」
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