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たまゆらみすてりぃ-5
大学近くにある誠一郎の築三十年越えワンルームマンションにて。
「ッ……」
「ここが痛むのか」
「うん、挫いたみたいだ。湿布でも張ってれば治るだ、ろ……」
座椅子に座っていた誠一郎は不意に台詞を切った。
屈んだかと思えば腫れ上がった足首に彼がそっとキスをして。
キスされるなり痛みが徐々に消えて。
痛みどころか腫れまでみるみる引いていって。
「……」
「これで問題ないだろう。全く、世話のかかる」
どっかとあぐらをかいていながらも、やはり妖しげな色香をその身に纏わりつかせている凪叉にフンと笑われた。
二階や三階から飛び降りたり、俺のこと軽々と背負ったり、とうとうこんなことまで。
もしかすると本当に……。
……いや、まさか、そんなことあるわけがない。
非日常的な一つの予感を打ち消し、平穏な日常に戻ろうと、誠一郎は「何か食べにでもいくか、背負って運んでもらったし、奢るよ」と切り出した。
「せいいちろう、食べたい」
「……」
「最初はあれだけ食べさせてくれたのに。最近、ちっとも、だ。だから余所へ強請りにいっておるのだ」
「……うん、ああいうこと、やめろよ。変な噂も立つし」
「それなら、せいいちろう、食わせろ。それで済む話だ」
「……だから、好きなファミレスまた連れてってやるから、ッ」
誠一郎は彼に押し倒された。
「おなかいっぱいにさせて? お前のものにして?」
黒髪をさらりと滴らせ、至近距離で誠一郎を覗き込んできた彼。
匂い立つような妖しげな色香に下半身がつい反応しそうになる。
否応なしに急く鼓動。
このまま一番奥まで貫いてしまいたい。
だけど。
「……凪叉、お前ちょっと疲れてるんだよ、心も体も休ませた方がいい」
彼は何度も瞬きした。
顔を背けて視線を逸らした誠一郎をじぃぃぃっと見つめた。
「羨ましい」
「……は?」
「お前にこんなに想われている凪叉が羨ましいぞ」
「……凪叉はお前だろーが」
「わかっているくせに、せいいちろう? ちゃんと我を見ろ」
張り替えられた漆喰風の壁紙に視線を預けていた誠一郎は何ら心の準備もせずに頭上を再び見、そして、ぎょっとした。
「我を見ろ、せいいちろう」
それまで凪叉の姿でいたはずの彼が。
まことの姿に戻って誠一郎に乗っかっていた。
さらりと伸びた長い長い黒髪。
青年というより少年じみた、危うい魅力に満ち溢れた繊細な体つき。
片方の肩が露出した一枚布の服で、やたら丈が短く、太腿は剥き出しで。
深い深い海の如き色味を帯びた蠱惑的な双眸。
恐ろしく瑞々しい唇がふわりと笑う。
「見ろ」
「……なぎ、さ」
「我は凪叉じゃない」
我はホムラノミコト。
「ホムラ……?」
まことの名をぎこちなく口にした誠一郎に彼は、ホムラは笑みを深めた。
「お前は強いな、せいいちろう」
「えっと、これって……夢だよな?」
「夢ならば我を食べられる?」
ホムラは仄かに艶めく黒髪を波打たせて誠一郎に口づけようとした。
誠一郎は咄嗟に、凪叉よりも華奢な肩を掴んで、全力で押し返した。
怖気を振るうほどに麗しいホムラの口づけを拒んだ。
「……せいいちろう……」
急に力をなくした声音にはっとする。
慌てて肩から手を離すと、自分にのしかかっていた彼と共に床から身を起こした。
「ごめん、痛かったよな」
心配そうに様子を窺ってきた、恋しい相手への想いに忠実である男に、ホムラは首を左右に振ってみせた。
こんな人間もいるのだな。
本当に羨ましいぞ、凪叉とやら。
「せいいちろう」
「うん? ファミレス行くか? ドリンクバーチケットあるぞ」
「お前に凪叉を返してやる」
無防備に自分を覗き込んでいた誠一郎にホムラは素早く口づけ、した……。
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