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結んで縛って赤い糸/優等生くん×エモ系メンヘラくん

1Aの教室にやってきた転校生に殆どのクラスメートは内心「う」と息を詰まらせた。 「……よろしくお願いします……」 か細い声は後ろの席のクラスメートには全く聞き取ることができなかった。 制服ではないパーカー姿でフードを目深にかぶり、右目には眼帯、担任や本人による説明は一切ナシ。 斜めに流れる長い真っ黒な前髪に左目はほぼ覆われて表情がわかりづらい。 色白というより蒼白な肌。 同じ年頃の女子より華奢。 極めつけは腕捲りされて露出した左手首にはめられた謎のリストバンド。 「みんな仲よくしてやってくれ」 ざわ……ざわ……な教室に能天気な教師の声が余計軽々しく響く。 そんな中。 (きょう)は他の生徒とは違った眼差しで転校生の(あず)に釘付けになっていた。 「なんかすごいコ来ちゃったね、きょークン」 隣のクラスメートに話しかけられて「あ、そうだね、ちょっと変わってるのかな」と上の空で返事をする。 ルックスも成績も申し分なく、優しくて人当たりのいい性格で、クラスの誰からも親しまれている梗。 ホワイトボードの前で俯きがちに立つ梓の姿に何故かやたら胸が締めつけられた。 今にも崩れ落ちそうな弱々しい彼に手を差し伸べてやりたい気がした。 かつて小さかった頃、犬や猫といった小動物を飼ってみたい時期が梗にはあった。 クラスの誰かが飼育していた、テレビやマンガなどで興味を引かれた、珍しくもない幼少期の我侭の一つだった。 何から何まで世話をして愛情を注いで日々懇ろに可愛がってあげたかった。 母親がアレルギー持ちでその夢は叶わずに、小学校高学年から中学にかけて飼育欲求は自然と静まっていき、現在、高校一年生。 教室に入ってきた梓を一目見るなりその欲求が蘇った。 休み時間。 自分の席で俯きがちにじっとしていた梓の背中に早速声をかけてみた梗。 まるで反応を返さない転校生に首を傾げ、覗き込んでみたら、イヤホンで音楽を聴いていた。 「何聞いてるの?」 イヤホンをさっと引っこ抜いて自分の耳に当ててみれば鼓膜に流れ込んできた爆音、あまり馴染みのない曲調に目を丸くした。 一方、梓は。 明らかに壁をつくって周囲を拒み、独りの世界に閉じこもっていたはずが、急にイヤホンを奪われて現実である教室の喧騒に脳内を蝕まれて。 怖々と視線を上げてみれば。 「学校、案内するよ」 笑顔の梗がそこにいた。 ある日を境に延々と続いていた鬱なる日々。 そんな薄暗かった檻に馴染みのない眩さ。 「俺はね、梗。保健委員。だから具合悪くなったらすぐに教えてね」 「ッ」 「ほら、二限目まで後五分あるから。このフロアだけなら案内できるよ、行こう?」 「ッ、ッ」 梗はやや強引に席から立ち上がらせた梓を連れて廊下へ出ていった。 そんな姿に他のクラスメートらは「さすがきょークン」「俺だったら放置決める」と立派な行いを口々に称賛した。

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