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結んで縛って赤い糸-2
両親の離婚が原因で転校に至った梓。
今は父親と一緒に暮らしている。
別に淋しくも何ともなかった。
昔から感情表現も団体行動も苦手で友達と言える存在もいなかったが、それでも、淋しくなかった。
あの人がいてくれたらボクはそれだけで……。
「チョコ食べる?」
梓はどきっとした。
またいきなり耳からイヤホンを抜かれ、爆音とは性質の異なる教室のざわめきに鼓膜を苛まれる。
「はい、アズ君」
おっかなびっくりに顔を上げれば銀紙に包まれたチョコレートを掲げて笑う梗がすぐそばにいた。
頼んでもいないのに学校を案内し、昼休みもいっしょに、移動教室の際も隣にやってきて美術室や化学室まで自分をエスコートしたクラスメート。
「あれ。もしかしてチョコ嫌いだった?」
こんなの慣れてない。
どうしたらいいの。
「ごめんね」
あ。
「う……ううん、食べる」
小さな頼りない声ながらも梓は口を開いた。
朝の自己紹介以来、初めて教室で声を紡いだ。
視線は合わせずに伏し目がちに、前髪で表情を隠している転校生に梗は嬉しそうに双眸を潤ませた。
やっと喋ってくれた、梓。
慣れない初めての場所に緊張してたんだよね。
大丈夫。
俺がいっしょにいてあげるからね。
「アズ君、ウチにおいでよ」
これまで友達の家になど一度も行ったことがない梓は戸惑った。
「ウチ、学校から近いんだよ。ここから見える。ちょっと来て?」
掃除時間、講堂の窓拭きをしていた梗は隅っこで何もせずに項垂れていた梓の左手をとった。
黒のリストバンドが改めて視界に入って「それ、かっこいいね」と感想を告げ、瀟洒な格子窓の前まで連れてくる。
「ほら、あのマンション。茶色の壁のやつ」
肩に腕を回されて、顔が顔に近づいて。
居た堪れない梓は首を左右に振った。
「あれだよ? 隣に灰色のビルがある」
耳たぶに触れる息遣い。
肩に絡まる体温が服越しに肌にじわりと伝わる。
「一人暮らし」
「え?」
「高校生なんだから身の回りのことくらいできるようになれって。そういう教育方針の親で。ここからは見えないけど実家もそんなに遠くはないんだ」
同年代で一人暮らしという滅多にない生活環境にいる梗に、梓は、自然と憧憬の念を抱いた。
「ね。見学、来てみて?」
こんなに自分に寄り添ってくれる初めてのクラスメートにたどたどしく頷いてみせた……。
「今日は来てくれてありがとう」
「……ううん、こっちこそ」
「嬉しいな」
「え……?」
「アズ君、ふつうに喋ってくれるようになってよかった」
「……」
「当然、初日は緊張するもんね。でも大丈夫だよ。俺がいっしょにいるから」
「……ありがとう」
自宅で夕食をご馳走した後、梗はバス停まで梓を送った。
「またいつでも来てね」
バスが来るまで停留所のベンチに並んで座っていた。
夜八時過ぎ、ヘッドライトが溢れ返る車道、排気ガスを撒き散らしてバスが視界から消え去るまで梗は梓のことを見送った。
「バイバイ、また明日」
「……梗くんに話したいこと、あるんだ……」
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