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いんきゅばす男子に御用心-2

「じゃ、行ってきます。大人しくしてろよ」 返事をしないインクをちらりと見、千歳は二階建てアパートの部屋を出た。 階段を駆け足で下りて道路に出、少し歩いて、振り返る。 実家から米が送られてきた際に使用されたダンボールが内側から張り付けられた窓は、こうして改めて見るとかなり浮いていた。 しかし、夜中の今時分、外灯の覚束ない明かりだけだと通行人はきっと気がつかずに通り過ぎていくだろう。 「いらっしゃいませ~」 一番近いコンビニに入り、賞味期限の都合で安くなっている商品を探しながらも、千歳はどうしようかと思案する。 凶悪な欲求を持つインクを野放しにするのは気が引けて、明日女子を連れてきてやるから部屋にいるよう伝えたものの、もちろん、連れてくるつもりなど皆目ない。 明日になったらどうしようかな。 また、明日になったら連れてきてやる、と言おうか。 そんなんで誤魔化せるかな。 てか、今頃、もう部屋を抜け出しているかもしれない。 まぁ、その場合は、もう仕方ないな。 千歳は自分用の弁当と、一応インクのために菓子パンを一つ買って、コンビニを後にした。 だけど、どうしてそんなにシたいんだろう? いんきゅばすって、そういう生き物なのか? 千歳が部屋に戻るとインクはベッドで寝ていた。 サラサラのショートボブが乱れて横顔を覆っている。 横向きに寝ており、蝙蝠の羽根を巨大化したような背中のそれは小さく折り畳まれていた。 これ、ネットに動画投稿したらすごいことになるだろうな。 まぁ、面倒くさいからしないけど、そんなこと。 買ってきた荷物をテーブルに下ろすと、千歳は、インクの寝顔を覗き込んだ。 気配が伝わらないよう、静かに。 前髪が邪魔で閉ざされた瞼は見えない。 うっすらと開かれた唇はやはり口紅を塗ったような鮮やかな色合いだ。 雪よりも白い肌は蒼白でさえあって、黒光りするエナメルとそんな滑らかな肌のコントラストはかなり……色っぽい。 ……エロ過ぎるだろ、おい。 ……本当についてんのか、こいつ。 極端に短いホットパンツのため、半ケツ状態で寝ているインクに、倒錯的な気持ちがわんさか湧いてくる。 いやいやいやいや。 落ち着け、落ち着け、俺。 「何してんだ?」 寝ていると思ったインクが突然声を出す。 心臓が飛び出す思いで、千歳は、凍りついた。 「……ね、ね、寝てるのかなぁ~って、思って」 「寝てねぇよ、淫夢魔が寝てどうすんだ」 インクががばりと起き上がったので、彼の両脇に両手を突いていた千歳は慌てて身を引いた。 動揺しまくっていた千歳だが、ふと、身を起こしたインクの顔に違和感を抱き、首を傾げる。 「目、どうかしたのか?」 インクは千歳の問いかけに答えなかった。 菓子パンを差し出すと「食えねぇよ、そんなモン」と、一蹴された。 レポートはなかなか仕上がらない。 インクはベッドで寝そべってじっとしている。 その内、日付も変わり、千歳はうとうとし始め、テーブルに頬杖を突いた。 外は満月、風もなく、遠くで聞こえるサイレンが子守唄のようでさらに眠気を誘う。 流しで緩い蛇口から滴る水滴の些細な音が静寂を撫でる。 「……う」 こっくりしかけていた千歳はインクの呻き声を薄れる意識の中で聞いた。 「う……あ……」 何だ……えらく具合が悪そうだな……大丈夫かな……。 いんきゅばすを診てやれる医者なんているのかな……。 「うぁぁぁぁぁぁああああ」 千歳は飛び起きた。 慌てて背後を見るとベッドの上でインクが苦しそうに身悶えている。 「何だよ、どうしたっ?」 ベッドの傍らに跪いて彼の顔を覗き込み、千歳は、息を呑んだ。 インクの双眸の色味が明らかに薄くなっている。 まるで無粋にもワインに水を足して味も色も滅茶苦茶にしたような。 「お前、目が」 「うう……もぉ、死ぬかも、俺様」 「はぁっ?」 「ずっと、女を犯してなかったから、栄養が、底尽きて、死ぬ」 「栄養っ? はぁっ?」 「生気を奪わないと……俺様、生きて、いけない」 つまりはこういうことか? いんきゅばすのインクは女から生気を奪って、栄養を得るから、女子とやりたがっていたわけで。 女子とやらないと、栄養が尽きて、死ぬってことか? 「何だよ、それ……」 そんな深刻な事態だとまるで思っていなかった千歳は真っ青になった。 ああ、でも、焦って獲物を探していたから、だから、窓ガラスを突き破って強行突入してきたのか? だけど、じゃあ、それなら、なんで……。 「明日……連れてきて、くれる、よな」 俺の出鱈目な口約束を信じて、こいつは、ここでじっとしていたのか。 死ぬかもしれない恐怖を、俺が出任せに与えた希望に縋って、有耶無耶にして、抜け出すこともしないで。 「インク……」 どんどん霞んでいくインクの双眸に千歳は目尻に涙まで滲ませ、うろたえた。 どうしよう、どうする、どうすればいい? 今すぐ角部屋に住んでるOLを連れてくるか?  それとも一階の女子学生か、コンビニにいた店員の女の子を……。 ……無理だ!!!!!!!!!! インクの命を救うためとはいえ、そんな、身勝手にも程がある目的で女子を連れ込むなんてこと、できるか、ばか!!!! 「うううう」 でもこのままだとインクが死んでしまう。 どうしよう、どうしよう、どうしよう。 ……生気を奪うためにセックスする……。 「おい、インク、聞こえるかっ」 耳元で涙目の千歳に喚かれ、虚空を見据えていたインクは億劫そうに色褪せた視線を泳がせた。 「俺がっ、俺でっ、俺のっ」 「……何だよ、うっせぇよ……」 「俺とセックスして俺から生気を奪えっ」 インクは肘を突いて上体をやや持ち上げ、必死で自分を見つめる千歳に掠れた声で聞き返す。 「……なんて、言った、今」 「俺とセックスしろっ」 「ばか……インキュバスは……女相手じゃなきゃ……男はサキュバスで、んなの……」 「やってみなきゃわからないだろ!?」 千歳は無我夢中で自分のチノパンのホックに手をかけた……。 インクって、もしかして、実は女の子なんじゃないだろうか。 切羽詰っていながらも千歳の頭の片隅をそんな考えが過ぎった。 が、背面のジッパーを外してホットパンツを脱がしてみれば、眼前に現れたるは、その小柄な体に相応な、人間の千歳とそう構造の変わらないペニスであった。 「……」 やっぱり男だったか。 でも、なんだろう。 そんなにがっかりしていないというか。 むしろ、なんだろう、この絶妙なエロさは。 ……てか、あれ、なんか尻尾が生えてんだけど!? 「うう……」 尾てい骨辺りから、悪魔が生やしていそうな黒い尻尾を力なく揺らめかせて、インクは苦しげに呻いた。 そうだ、驚いている場合じゃなかった。 こいつの生死が懸かった、深刻な事態だ。 ことは急を要するんだ。 「じゃあ、いくぞ……」 深刻な事態でありながら、インクの絶妙なエロさに若さ全開ですんなり勃起した千歳は、ロングブーツに包まれた足をがばりと押し開いた。 「……えっ?」 シーツの上でぐったりしていたインクは霞んだ目を見開く。 てっきり、インクは、千歳がその身を差し出してくれると思っていた。 まさか自分が受け身に回る側だとは微塵も予想しておらず……。 「ま、待て、貴様、おい――」 インクを助けたい気持ちと、邪な欲求にちょっぴり従って、千歳は隆起した昂ぶりを後孔へ一気に突き刺した。 「ひ……!」 「うわ、狭……っ」 急な繋がりに互いに身を捩じらせる二人。

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