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ぎぶみー放課後-2

「冬森、ちょっと来なさい」 放課後、帰りのHRが終わるなり廊下で待機していた天音に呼び止められた冬森。 「前回のテストで平均点を大いに下回る赤点寸前の成績だった冬森に今日から特別補講を始めようと思う」 「は?」 「担任の先生には許可をとってある」 「へ?」 その日から放課後の空き教室で特別補講が開始されるようになった。 援交相手は社会人だ、夜中に落ち合うのがいつものパターンだから支障はないと思われたが。 「どこに行く、冬森」 「へ? 街? ですが?」 「駄目だ、家に帰りなさい」 「いやでちゅー」 「お腹、空いてないか」 「は?」 「夕飯、ご馳走する」 非常識極まりない生徒を飯で引き留めようとする教師。 そう簡単に釣られるわけが、 「腹へった。食う」 普段なら補講なんぞ平気でさぼっていた冬森だが始終天音にマークされ、トイレの際も逃げ出さないよう厳重に見張られて、慣れない放課後勉強にクタクタでお腹ぺこぺこで。 「え、先生んち?」 「節約だ、肉と魚、どっちが食べたい」 「どっちも」 「……仕方がないな」 「気をつけて帰りなさい」 「うまかったー、ごちそーさま、さよーなら、です」 お腹いっぱいになってマンションの天音宅でしばしゴロゴロして居眠りして帰路についた冬森。 常夜灯の下、歩きながら何気なく制服ポケットから携帯を取り出し、そしてはっとした。 やっべ、メールきてんな、うお、電話まで、寝ててガチで気づかなかった。 どうすっかな、今、八時半か。 腹いっぱいなんだよな。 明日にすっか。 そんなパターンが数日続いて。 「冬森、誰にメールしてるんだ」 あくる日の放課後。 補講中、仕事の合間にメールを寄越してきた援交相手に返事を返そうとしている冬森を見咎めた天音。 「へ。友達」 「違うだろう」 「は?」 「やめなさい」 冬森は平然と教師の注意を無視して伏し目がちに返信をポチポチ打ち続ける。 すると天音は。 唐突に身を乗り出し、二つ繋げた机を挟んで向かい合って座る、手慣れた風に携帯を操作していた生徒の利き手を握りしめた。 びっくりした冬森がやっと目線を上げれば机に片手を突かせた天音が真摯な眼差しで覗き込んでいて。 「やめなさい、冬森」 「……あ」 急に手を握られて、その衝撃で作成途中の文章を送信してしまった。 <ごめ、ここんとこ放課後ずっと補講攻め←しかも晩飯つき、会うのしばらくムササビ> なんだよ、ムササビって、無理がムササビって、「む」の先頭になんつぅ候補持ってくんだよ、この文字入力アプリ。 天音って彼女いんのかな。 いなさそ。 あ、いや、でも。 俺がラブホから出てきたとき、確か、女といっしょいたよな。 「あの女、天音センセの彼女?」 放課後補講が終わり、天音宅でお手製和風パスタを食べ、コタツでぬくぬくしていた冬森が尋ねてみると。 部屋着に着替えることもなくカラスじみた通勤着なままの天音は「あの女、なんて言い方は失礼だ」と食後のお茶を飲みながら言った。 「センセー、それ答えになってませーん」 「……」 「あ、ヤラシ。そーいうことね、ハイハイ」 「?」 「センセーもラブホ帰り?てこと?だろ?」 「違う」 「彼女?」 冬森がすでにグビグビ飲み干して空にしていた湯呑みにお代わりを継ぎ足し、天音は、しつこい生徒にため息交じりに答えた。 「そうだ」 あれ? 今、一瞬、なんか世界終わんなかったか? 一瞬だけ脳内が真っ黒に塗り潰されて、いやいや、んな簡単に世界終わんねーし、ここ天音んち、明日は金曜、明後日になれば土曜で休み、よっしゃー、と今現在を再認識した冬森は。 「冬森、そろそろ起きなさい」 うっかりというかその気満々でコタツ寝した。 「んが……」 肩を揺すられて重たい瞼を開けばすぐ傍らに両膝を突いて自分を見つめる純和風まなこが頭上にあった。 「風邪を引く」 全身ぽかぽかあったかくて頭の中は眠気とろんとろんで。 自分でも気が付かない内にいつの間に溜め込んでいた彼への想いが胸の底で疼いて。 「ふゆも……」 寝起きの冬森は天音にキスしようとした。 「やめなさい」 天音はそれをはっきり拒んだ。 「今、冗談でも冬森とこんなことは絶対にできない」 あ。 「悪ぃ、サーセン、寝惚けてた」 「冬森」 「うぉ、もう九時半かよ、帰って風呂入ってソッコー寝よっと」 「ふゆも、」 「帰る、ごちそーさま、さよーなら、です」 コタツから出た冬森は一目散に天音宅を飛び出した。 さむ、さむ過ぎ、死ぬ。 コタツから出たばかりの体に夜が冷た過ぎるのと、気づいてしまった自分の気持ちに、常夜灯の下を上の空で歩みながら冬森は途方に暮れた。 なんか泣きそ。 さむ過ぎっから、涙って冷てーし、絶対泣くわけねーけどな。

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