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キミガダイスキ!!/男前高校生×うぶカワ高校生

「何、気色悪い事言ってんの?」 その言葉はすべてを凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。 爪先から頭の天辺まで寒気に蝕まれた僕は、瞬きするのも忘れてその場に立ち竦む。 得体の知れないものを見るような視線に促されて、息を呑み、咄嗟に口を開いた……。   アラームが鳴っている。 泉原爽(いずみはらそう)は布団の中で何度か寝返りを打って、その円らな瞳をぱちりと見開かせた。 「爽、時間大丈夫なのぉ!?」 階下で母親が大声を上げている。 爽はベッドから起き上がり、長く重いため息をついた。 「……嫌な夢見ちゃったな……」 凡そ二年前、実際に起こった出来事が夢の中で再現されて、爽は非常に目覚めの悪い朝を迎える羽目となった。 街路樹の連なる通学路に眩しい朝陽が差している。 登校中の高校生をここぞとばかりに照らしつけている。 夏休みがついこの間終了したばかりだというのに、彼等の背中は垂直にピンと伸びていて一日への活力に漲っていた。 今月の中旬に文化祭を控えているので、準備に忙しく、過ぎ去った夏休みを偲ぶ暇もないのかもしれない。 爽は肩から提げたバッグの取っ手を握り締め、一人重たい足取りで通学路を歩んでいた。 「爽ちゃん!」 大声で呼号されて爽は振り返った。 小走りに、こちらへやってくる生徒がいる。 顎ヒゲを生やした垂れ目男子であった。 「あ、ニーノ君」 立ち止まっていた爽の隣に追い着くと、クラスメートであり仲のいい友人でもある新野(にいの)は、間延びした調子で朝の挨拶を口にした。 「おはよぉ、爽ちゃん。今日も相変わらず可愛いねぇ」 毎朝恒例の挨拶に爽は空笑いを浮かべた。 新野はそんな態度を気にする風でもなく、へらへら笑い、 「いやぁ、女子よりお肌はキレーだし目はでかいし、癒されるねぇ、全く」 「そんな事ないと思うけど」 「いやいや、後ろ姿ですぐわかっちゃうねぇ。その天然カラーはホント貴重だよ」 新野の言う通り、爽は女の子じみたルックスをしている。 ぱっちり二重瞼、肌は健康的な蜂蜜色でニキビ一つない。 髪はふんわりねこっけ、淡いマロンの輝きを纏っており、今は優しげな秋口の風にそっと吹かれている。 一六〇センチで五十キロない体躯は頼りないくらいに華奢。 制服姿でなければ女の子に間違われてしまう程の男の子であった。 「ねぇねぇ、もう毅史とは喋った?」 その名前を聞いて、爽は思わずゴクリと喉を鳴らした。 「アイツはねぇ、見た目は怖いし言動もおっかないところがあるけど、決して嫌な奴じゃないんだよ」 「うん」 「ま、爽ちゃんが毅史を苦手とするのはしょうがないかもなぁ。か弱い小動物が肉食獣に近づけるわけがないもんねぇ」 新野の言い草に、爽は心の中で首を横に振った。 違うんだよ、ニーノ君。 僕、あの人が苦手なわけじゃないんだ。 二人は他の生徒と共に校門を抜け、靴を履き替えて自分達のクラスに向かった。 高校二年生の教室は職員室の上のフロアに配されている。 教室に入ると、まだ半数以上も揃っていないクラスメートから次々と挨拶を貰った。 「おう、おはよぉっす」 クラスの人気者である新野は教室中に笑顔を振り撒いている。 爽は控え目な笑みと声でもって皆に返事をし、窓際の一番後ろの席に着いた。 前の空席に爽は小さなため息をつく。 それは今朝方の重々しいため息とは微妙に違っていた。 「爽ちゃん、ところで数学の宿題やってきた?」 新野がいそいそとやってきて、その空席に座る。 気を取り直した爽は答えがきちんと記された数学のプリントを彼に渡してやった。 ホームルームの時間が迫るにつれて教室にいる人数がどんどん増えていく。 彼が教室に到着する頃合を把握済みの爽は徐々に緊張した面持ちへと変貌していく。 やがてその時が訪れた。 「おはよぉ、毅史君」 爽は条件反射の如くそちらを見やった。 丁度、教室の後方に当たるドアから、一人の生徒が騒がしい室内へと入ってくるところだった。 「はよ」 イヤホンを外した彼は一欠けらの愛想もない態度で低い声を紡いだ。 長袖を肘の辺りまで捲り上げ、褐色の筋張った腕を外気に曝している。 硬質な黒髪は真上にツンツン逆立てられていて、一八〇の後半にまで達していそうな長身だ。 意志の強さを誇張するのにはいい武器の、矢鱈と鋭い三白眼が、不意に爽の方を向いた。 「あ、毅史だ。今日もカッコイイねぇ」 ゆっくりと自分の席へ歩み寄った彼、高比良毅史(たかひらたけし)は、朝っぱらからハイテンションの新野に完全なる無言を突き通した。 「ったく、お前は毎日硬派だねぇ。俺は妬けちゃうぞ」 意味不明の台詞を吐かれても毅史はうんともすんとも言わない。 爽のプリントをまだ写しきれていなかった新野は、彼に両手を合わせて希った。 「後ちょっとで終わるから、もう少し待っててくんねぇ?」 毅史は無表情のまま抑揚のない物言いで答える。 「ちょっとで終わらなかったら窓から叩き出すからな」 笑っていないため冗談なのかどうか判別し難がったが、新野はせっせと作業を再開させている。 毅史と同中で自称彼の大親友だと言い張る新野は、この程度の凄味には免疫があるようだ。 担任がやってきたので結局新野は作業を中断せざるを得なくなった。 「爽ちゃん、ホームルームが終わったらまた写させてね」 新野は慌ただしい足取りで自分の席へと戻っていき、それまで俯いていた爽は机に置かれた自分のプリントを見、そして恐る恐る顔を上げてみた。 目の前には広い背中があった。 肩甲骨がやけに突き出て見える、クラスメートの誰よりも逞しい頼り甲斐のある背中が。 高比良君。 爽は心の中で彼の名を呟いた。 黒目がちの双眸は切なげに潤んで、物寂しい遣りきれなさにひどく打ちひしがれていた。

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