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双子チェンジ!!-3

「ッ?ッ?ッ?ッ?」 「息しろって。ケータイいじってもいーし。居眠りするときだってあるだろ?」 あ、そ、そうなんだ……。 短縮授業の一日が終わってボロが出る前に速やかに帰りたかった葉月だが。 佳織に連れられて玄関ではなく、古びた旧館へ、今は使用されていない隅の空き教室へ案内されて。 片隅に限定的に敷き詰められた新聞紙。 その上にセットされたイーゼル、画板、鉛筆画が書きかけの画用紙。 ひからびた絵の具がくっついたパレットや散乱する絵筆、バケツなどが雑然と置かれている。 佳織は絵を描くのが好きだった。 だがわざわざ美術部に入部するのは億劫で、美術室からこっそり道具一式を拝借し、この空き教室を無断で使用して単身活動していた。 授業の出席日数がまるで足りずに留年した佳織、実は成績に関しては平均以上、得意分野ともなれば小学校・中学時に絵画コンクールの受賞歴も多々あった。 決して不真面目ヤンキーというわけではない、相当なサボリ魔なだけなのだ。 そんな佳織の対角線上、ガタがきているイスに腰掛けた葉月、明らかに緊張していた。 カオリさんが絵を描くなんて一度も聞いたことがないよ。 しかもそうクン、練習絵のモデルになってたなんて、どうして今まで教えてくれなかったんだろう? どうして草介が葉月にこのことを伝えなかったのか、それは彼の中でちっとも大したことじゃなかったから、だ。 『え~カオリン、またお絵描き? オレ、モデルやるの退屈だよ~』 『美術の課題絵、もう手伝わなくていいんだな』 『う……っや、やりますぅ』 渋々引き受けていて、面白味が全く感じられず、他の日常の話題が勝って葉月との会話から除外されていたのである。 旧館は静かだった。 短縮授業だが部活動は行われているようでグランドから運動部のかけ声が聞こえてくる。 今頃、片割れの草介はどうしているのか、うまくやっているのか、念願の対面が叶った武友と楽しい時間を過ごしているのか。 そんな疑問も浮かんでこないくらい、佳織と二人きりのこの空間に葉月はいっぱいいっぱいだった。 ただ、画用紙の上を走る鉛筆の微かな音色は耳に心地よかった。 想像もしていなかったひと時に鼓動を急かされながらも、その音を、ずっと聞いていたいと、 心地よかった音色が不意に止まった。 「お前、誰だ?」 『カ、カオリさん』 思えばあの瞬間から違和感はあった。 髪の手触り。 茶髪から黒に戻したと言うがダメージをまるで受けていなかった、それに涙ぐんだ目でおっかなびっくり見上げてきて。 そして、いざ、描いてみれば。 まるで別人だ。 いや、顔立ちは同じで中身がすげ替えられているような。 眼差し、仕草、些細なクセ、描く対象として据えてみれば違和感だらけだった。 「カ……カオリン」 意味がわからずに密かに混乱していた佳織は画用紙越しに改めて彼を見つめた。 「あの、オレ……ちょっと調子悪くて……昨日の夜から落ち着かなくて、髪もいきなり黒にしてみたり……」 「……」 「今のオレ……ちょっと、どうかしてるみたい、なんだ」 ガタがきている不安定な椅子に座った男子高校生。 いつもふざけ合っている、一つ下で弟のような、からかい甲斐のある明るいクラスメート。 「……そうか、お前弱ってるのか、草介」 「う、うん!」 だからか。 いつもと違う風に構ってしまうのは。 画用紙越しに彼と見つめ合っていた佳織は僅かに強張っていた表情をふと和らげて苦笑した。 「変なこと言って悪かった、だよな、どこから見ても草介だもんな、お前」 どくんっどくんっどくんっどくんっ いきなり佳織に「誰だ」と問われて葉月の心臓は張り裂けそうになった。 何とか誤魔化すことはできたが、それでも、まだ落ち着かずに急いた鼓動を刻んでいた。 死んじゃうかと思った。 もう帰りたい。 カオリさんのこと、何だか騙してる気分になってきた。 ……いいや、実際、そうクンと<入れ代わりごっこ>をして騙してる。 早く元に戻らないとボク、もう、 「でも不思議だな」 強張っていた葉月の元へ、ガタがきているイスの前まで佳織は大股でやってきた。 「髪。やっぱり昨日より伸びてる気がするんだよな」 ご、誤魔化さなきゃ、誤魔化さなきゃっ。 「た、体調が悪くて、髪、伸びたのかもっ、ちがっ、髪染めて伸びたのかもっ」 我ながら支離滅裂で無理があり過ぎるっ、早くおうち帰りたいっ。 罪悪感やら緊張感でガチガチになっている葉月の言葉に「染めて髪伸びるか?」と、佳織は声を立てて笑って。 おもむろに上体を屈めると側面がうっすら鉛筆で黒ずんだ手を伸ばした。 「目の見え方が違う、髪の質感も。ムラも全くないし、どんな黒染め使ったんだ?」 佳織の指がさらりと梳くように葉月の前髪をかき上げた。 思いも寄らなかった些細な触れ合いに瞬く間に葉月は赤面してしまう。 「ッ……カオ、カオリン、やめてよ……び、びっくりする、じゃん……っ」 紅潮ほっぺたをどうすることもできない葉月は慌てて顔を逸らした。 今、ボク、完全に声が震えてた。 大丈夫、大丈夫。 カオリさん、ボクのこと、そうクンだって思い込んでる。 昔といっしょ、この<入れ代わりごっこ>は誰にも見破られないから…… 「あ」 逸らしていた顔をやや強引に元の位置へ戻されて葉月は驚いた。 顎を持ち上げられ、うつむきがちにしていた顔を起こされて、信じられないくらい近くにいる佳織と目が合って。 キスを、された。

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