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おばけでも好きさ-3
「きっとそうだ、覚えてないけど、車に撥ねられたんだ。そうに決まってる。ヘッドライトがあんまり眩しくてつい目をつぶったら、衝撃がきて、頭の中がぐるぐる回って真っ白になって……」
覚えていなかったはずが、咲哉に話している内に、俺はその瞬間の記憶を完全に取り戻しつつあった。
「チャリごと吹っ飛んで……そんで、どうしてか……お前の家の前にいて」
「恭介」
俺は投げ出されていた咲哉の手を両手で握った。
信じられないくらいに冷たい体温に直に接して、咲哉は、息を呑んだ。
「……病院に、今すぐ」
「もう行ってるよ。芙美香が話しただろ? 本当の俺はそこにいるんだ」
「だって、ここに……」
咲哉は絶句してしまった。
俺は、咲哉の体温が矢鱈羨ましくて、しばらく奴の手を握ったままでいた。
俺は死ぬんだろうか。
二十六歳という若さで。
ああ、最悪……。
「恭介のこと考えてた」
あんまりにも薄暗い絶望に打ちのめされて俯いていた俺は、顔を上げて、親友と視線を交えた。
「恭介、だからここに来たのかも……俺が腐るくらい考えてたから」
「腐るくらい、って」
「部屋にいる時、ずっと……いつも……今何してるんだろうって。芙美香ちゃんと一緒にいるのかなって……それ考えると、俺、ひどく苦しくて」
「おい、咲哉?」
普段は冷静な咲哉が、青ざめて、俺の手を強く握り返してきた。
本当に温かい。
うっとりするような、いつまでも感じていたい愛しい微熱だった。
俺はもうすでに死んでいるのかも。
「嫌だ、恭介が死ぬなんて」
「……仕方ないだろ」
「嫌だ、絶対嫌だ」
「咲哉」
「だって、ずっと、今まで一緒で……一緒にいたいのに」
咲哉のきれいな目から次から次に涙がこぼれた。
初めて見る奴の涙に、俺は、信じられないけど自分が直面しているこの衝撃的な状況を忘れて釘付けになった。
「好きなんだ」
俺の手に額を寄せて咲哉はそう呟いた。
少し濡れた黒髪が手の甲に触れて、くすぐったい感じもするが、嫌じゃない。
「ここにいるのに、今……ここに」
泣き崩れてきた咲哉を抱き止めて、濡れた髪に触れたら、何だか俺まで泣けてきた。
泣けてくるのと同時に、今までに感じた事のない欲望にまで手が届いてしまって、観念した。
だって心残りがあったら人は逝けないというじゃないか。
そんな形で俺は自分をここに残したくない。
「恭介ーー」
俺は欲望のままにキスした。
がむしゃらに舌を絡めたら、小さく喘いで、咲哉は俺の頭を抱きしめて目を閉じた。
コタツに入ったまま、その場で押し倒す。
指先を髪に絡めて、足も絡めて、俺は咲哉に覆い被さった。
温かな体から熱を奪うように俺は咲哉を抱いた。
目を開けた。
視界に写ったのは白い天井。
体を起こそうとしたら、とんでもない痛みを全身に覚えて、硬直した。
「……恭介?」
昔から聞き慣れている声がして、視線だけを動かし、俺は咲哉を見つけた。
「……咲哉……」
また、咲哉はきれいな目から涙をこぼした。
それは白い頬に落ちて透明な跡を静かにつくった。
俺は咲哉の熱を分けてもらって戻ってきたのかもしれない。
何もかもハッキリしないけれど、でも、今やっと一つだけわかった。
俺は跳ねられた瞬間に友達の咲哉のことを思い出したんだ。
end
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