455 / 596

君は女王様/義理の弟×孤高の女王様せんぱい

「息子の鞠慧です」 ロマンスグレーの代表じみた美中年男性が紹介した相手に、朗人(あきと)は、開いた口が塞がらなかった。 初めて訪れたフレンチレストラン。 慣れない大人びた雰囲気。 兄弟になる相手と初ご対面、おかげで緊張ガチガチでいる高校一年生の朗人に対して。 「はじめまして」 無駄なく洗練された内装にすんなり溶け込んだ彼は物怖じ一つせずに朗人に端的に挨拶した。 奥まったコーナーの予約席、瀟洒なシャンデリアに灯る控え目な明かりに煌めく漆黒のストレート髪。 少々きつめながらも艶深く切れ込んだ目許。 豊潤な果実の如く色づいた唇はすでに罪の味を嗜んでいそうな。 「ほら、朗人もちゃんとご挨拶して?」 隣に立つ母親に肘鉄で促され、朗人は開きっぱなしの口を慌てて動かした。 「あっ、おれ、朗人ですっ、よろしくお願いします、鞠慧センパイ!」 そう。 朗人の母親が再婚して新しい家族になる予定の鞠慧(まりえ)は同じ高校に通う一つ年上の、学校一有名な生徒だった。 熱狂的なファンからは「女王様」と呼ばれている。 美しく整った中性的な容姿と、常に周囲と一線をおくクールな様子が起因しているらしい。 まさか鞠慧センパイと兄弟になるなんて。 なんって……恐れ多い。 こっんな……超ふつーのおれが女王様の弟になんかなっちゃって、いーんでしょーか、神様。 そんなこんなで朗人は再婚相手の連れ子である鞠慧と兄弟になった。 住み慣れた公営住宅を引き払い、不慣れなタワーマンションで生活を共にするようになった。 「鞠慧センパイ、お風呂先にどうぞ!」 いつも緊張しがちで敬語を使う朗人に「敬語なんていいよ、家族なんだから」とか「兄弟でセンパイっておかしいだろ!」なんてツッコミをいれるでもなく。 「……」 コミュニケーション放棄、始終無言で鞠慧は朗人をやり過ごす。 民間病院に籍を置く外科医の父親は「そんなに鞠慧に気を遣わないで、朗人君」と寡黙な美人息子の代わりにフツメン息子を思いやり、専業主婦になったばかりの母親は「そんなに緊張されたら鞠慧君だって自然体でいられないじゃない」と、てんぱってばかりの我が子を注意した。 だってあの女王様だよ? ふつーに接するとか無理だから! ちなみに同じ学校に通っていながら登校は別々、だ。 「あっ、おはようございます、いってらっしゃい!」 朗人が起床した頃に鞠慧は自宅を出ていく。 「早めに登校して教室で勉強してるって」 父親と同じ医者を目指している鞠慧は成績優秀であり、国立医学部を第一希望進路に掲げ、夜は夕食を終えるとテレビも見ずに勉強のため部屋に向かう。 「うわ~猫かわいい~」 まだ将来についてあんまり深く考えていない朗人はバラエティ番組が大好きだ。 帰りが遅く、外で夕食を済ませてきた父親がワインを飲む傍らで母親とお煎餅片手にほうじ茶を飲み、おしゃべりして、後片付けを手伝って、お風呂に入って、就寝する。 コンビニのバイトを始めた際には時間サイクルが大きく変化した。 「ずっとバイトしてみたかったから」 高校生活をもっと自由に楽しんでいいと言ってくれた父親に朗人は笑顔でそう答えた。 実の父親は朗人が小学校低学年の頃に病気で亡くなった。 私立高校の事務員だった朗人の父親はギャンブル依存症から抜け出せず複数の貸金業者に借金を抱えていた。 深刻な額ではなかったはずが日に日に増していく利子。 一括完済するのは厳しく、しかし母親は弱音一つ吐かずに本職の医療事務と清掃会社などのパートを掛け持ちし、昼も夜も働いて毎月の返済額をきっちり入金していた。 いつか働けるようになったらお母さんのためにお金を稼ごう。 こどもながら朗人はずっとそう思っていた。 親戚や友人からの援助も丁重に断って五年余りかけて全社に返済し、もののみごとに借金はなくなったのだが、その気持ちは今も強く胸に根付いていた。 「いらっしゃいませ!」 平日の三日間、学校が終わると近所のコンビニで夜九時まで。 店長に叱られたり客に文句を言われたりして「ひーっ」となることもあったが、初めてのバイト経験、楽しむこともできた。 初めてもらったバイト代は家族へのプレゼントで半分消えた。 母親と父親が無邪気に喜ぶ中、兄の鞠慧は、お手頃プライスの腕時計を無表情にただ眺めていたのだった……。

ともだちにシェアしよう!