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君は女王様-2
「ただいまー……あれ」
バイトがない平日、帰宅した朗人は見慣れないスニーカーに首を傾げた。
「鞠慧君のお友達が遊びにきてるの」
「あ、そーなんだ」
「朗人、はい、おやつ持ってって」
「えっ。おれが?」
うええ~、弟が持って行ったりしたらウザがられないかなー。
新しい生活が始まって数ヶ月が経過した今でも朗人は鞠慧に未だ緊張していた。
何せ女王様だ。
クラスメートの女子よりも意識してしまう。
うん、仕方ない、だって女王様だもん、平民のおれがどきどきするのは当然だろ。
胸のときめきを強引にそう片づけて、おかしの乗ったトレイを片手に持った朗人、緊張の余りノックするのも忘れてドアをがちゃりと開いた。
「鞠慧センパイ、おかし持ってき……」
うわっ、野獣センパイ……だっっ。
ただでさえ鞠慧一人でも緊張するというのに、さらに緊張要素を増やす人物とバッチリ目が合い、朗人はドアノブを掴んだまま棒立ちになった。
野獣センパイこと桧室 。
見るからに肉食系な男前ルックスの上級生。
夏休み明けに鞠慧のクラスに転校してきた、前の学校で教師を殴っただとか刃傷沙汰を起こしただとか、不穏な噂が付き纏う生徒だった。
ちなみにだが。
屈んだ桧室はイスに腰掛けて勉強中の鞠慧を後ろから思いきり……抱きしめていた。
棒立ち朗人を気にするでもなく鞠慧を抱きしめたまま「誰だこいつ」と両耳ピアスだらけの桧室はジロリと視線を寄越してきた。
「召使?」
「弟だ」
「は? 弟? 似てねぇにも程がねぇか?」
「重たいし勉強の邪魔だから帰ってくれないか」
「なぁ、いつお揃いのピアス開けてくれんだよ」
朗人が来てもバックハグを解かずに桧室は鞠慧に話しかけ、朗人はトレイをテーブルに下ろすと「お邪魔しましたぁっ」と慌てて部屋を後にした。
え、どーいうこと?
二人、付き合ってるの?
男同士だけど、違和感なかったんだけど、どーいう魔法かかってるの?
「なーに、朗人、顔まっかにして」
「っ……べ、べ、別に」
「鞠慧君のお友達、何だかワイルドだったわね」
ほ、ほんと付き合ってるのかなぁ?
「いらっしゃいませー……あ!!」
夕方六時過ぎ、レジに立っていた朗人は客としてやってきた鞠慧に目を輝かせた。
制服もいいけど私服の鞠慧センパイ、ステキだなぁ。
あの人、おれの家族なんです、お兄ちゃんなんです。
信じられないですよねー。
他の客の視線を独占していた鞠慧は牛乳を一パック持ってレジにやってきた。
「あたためますか!?」
「……」
やっぱり緊張してしまう朗人。
鞠慧はクスリともせずに凍てついた表情のままコンビニを去っていき、レジから身を乗り出した弟は麗しの兄をできる限り見送った。
だ、大丈夫かな、変な人にちょっかい出されないかな。
あ、そういえば今日シチューって言ってたっけ、鞠慧センパイがおつかいとかレア過ぎる。
桧室センパイと付き合ってるのかな。
キスしちゃったり、そ、それ以上のこと、しちゃってるのかな?
集中力が乱れたおかげでその日も店長に叱られ「ひーっ」となり、その後は一生懸命仕事をこなして朗人が帰宅してみれば。
「ただい、まっ!?」
ドアを開いてくれたのはお風呂上がりの鞠慧だった。
ネイビーのパジャマにフリース生地のパーカーを羽織り、肩にはタオル、やたら青白い足の甲を露出させていた。
「おかえり」
それだけ告げて自分の部屋へ戻った兄、靴を脱ぐのも忘れてぽーーーっと見送った弟。
すっごい、いい匂い、した。
同じシャンプーなのに別モノに思える、不思議だ。
「ッ……くしゅん!」
「朗人? いつまで玄関にいるの、風邪引くわよ?」
「くしゅん!くしゅん!」
「朗人、風邪引いてんじゃね?」
「今日もバイト?」
「ん? 今日は違う……あ」
移動教室で友達と渡り廊下を歩いていた朗人は、向かい側から単身やってくる鞠慧を見つけた。
顔を向けるでも視線一つ寄越すでもなく速やかに通り過ぎて行った兄。
ちょっとさみしい弟は遠ざかる姿勢正しき後ろ姿を肩越しに見送った。
「ほんとにアレがお前の兄ちゃん?」
「つめた。さすが女王様」
「うん……かっこいいよね……くしゅん!」
前だけを見据えていた彼は鼓膜に引っ掛かった弟のクシャミに、ほんの僅かながら、艶深い目許を震わせた……。
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