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君は女王様-3

その日、朗人は学校を早退した。 どうにも頭がぼんやりして授業に集中できず、保健室で熱を測ってみれば三十八度超え、自宅安静を命じられた。 「あら。風邪薬切れちゃってる」 「うー」 「ドラッグストア、行ってくるわ。ついでに食べられそうなもの買ってくるから」 玄関で母親を見送った朗人は、着替えるのも億劫で、フラフラした足取りで部屋に入ると制服のままベッドにもぞもぞ潜り込んだ。 あれ、おれのベッドってこんな感じだったっけ? 熱で感覚麻痺してるのかも。 なんかさみしい。 お母さん、早く帰ってこないかな。 熱のせいでひどく心細くなり、落ち着かずに何度も寝返りを打ち、ぼんやりして時間の経過が把握できずに縮こまっていたら。 玄関先で物音がした。 母親が帰ってきてくれたと、こどもじみた安堵感を抱いて、朗人はほっと一息つく。 いつも仕事ばっかりさせてごめん、おかあさん。 おれ、もっと大きくなったら、もっといろいろ頑張って、いっぱい働いて、お金稼ぐからね。 「おかえり、おつかれさまー……」 ちなみにだが。 熱で判断力やら思考が麻痺していた朗人が入った先は鞠慧の部屋だった。 つまり鞠慧のベッドで眠っていたわけで。 「……あれ、鞠慧センパイ……?」 自分を覗き込んでいる鞠慧に朗人は何度も瞬きした。 間違いに気づいていない弟は無表情の兄にふにゃっと笑いかける。 「おかえりなさーい……」 「熱があるのか」 「うん」 蒼白な手が火照った額にあてがわれた。 「わ……きもちいい……」 ひんやりした掌に朗人はいつにもまして幼く笑う。 彼からプレゼントにもらった腕時計を一度も手首につけず、引き出しの奥に大事に仕舞い、たまに勉強の息抜きがてらに眺めている鞠慧は、弟の頭をゆっくり撫でてやる。 「お母さんは買い物に出てるみたいだな」 「はぁい」 「制服のままベッドに入って、窮屈じゃないのか」 「さむいの」 確かにベッドに入っても寒気が肌身を蝕んで朗人は寝つきが悪かった。 「せんぱい」 普段は緊張している弟に親しげに呼ばれて鞠慧はより顔を近づけた。 「いっしょ、寝て?」 「……」 「おれ、さむいの。いっしょ、寝て」 嫌がる女王様かと思いきや。 鞠慧もまた制服のまま弟が横になるベッドの中へ。 幼児がえりした朗人に正面からぎゅっと抱きつかれても、煙たがることなく、甘えたがる彼の好きにさせてやった。 「あったかーい」 何のためらいもなく縋りついてきた両腕。 胸元に頬擦りしては匂いをかぐようにスンスン鳴らされる鼻。 女王様は笑った。 何だか愛しくて仕方がない弟を自分も抱きしめた。 「朗人」 「女王さまー」 「女王様、か……絵本の女王様は罪を犯して苦しめられてばかりだ」 「おにいちゃん」 「……」 弟にこんな真似をする俺も罪深いのだろうか。 無防備な朗人に唇の純潔をそっと捧げて、鞠慧は、そんなことを思った。 「くしゅんッ」 「鞠慧センパイ、風邪引いたの!? 俺のがうつっちゃったかな、ごめんなさいっ」 新しい家族。 幼少期に事故で母親を亡くしていた鞠慧は父親に裏切られたと感じるでも、期待を抱くでもなく、淡々と受け入れたはずだった。 だけれども。 「おかゆ作ります! お母さんが風邪ひいたときよく作ってたので!」 今はとても心地いい、そして残念でもあった。 弟に恋を知るなんて。

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