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君は女王様-4

小さな頃からきれいなものが好きだった。 「ソッチがいい」 「やだ、ソッチはわたしの、すみちゃん、アッチ」 「ソッチがいい!」 「いやーーーー!」 二つ上の姉へのプレゼントとして選ばれた雑貨や文房具を欲しがってよくケンカしたものだった。 「はい、すみちゃんにコレあげる」 「いらない」 「なんで? かわいいの好きなくせに」 「きれいなのがいい、おねーちゃんのどぶす」 「どぶす言うなーーーー!!」 繊細で、でも芯があって、ずっと見飽きない、きれいなもの。 「桧室、何度薦められようとピアスは開けない」 父親の仕事の都合により転校した教室で出会った鞠慧は桧室にとって正に最も理想とする「きれいなもの」だった。 「怖ぇの? この色とか似合うと思うけど」 「先生に呼ばれていたから職員室に行ってくる」 午前中の休み時間、目の前で席を立って速やかに教室を出て行った鞠慧に桧室は肩を竦めた。 下級生のみならず何故か同級生や上級生からも「野獣センパイ」と呼ばれている彼。 生徒や教師には一貫してぶっきらぼうな態度、苦手なネクタイは始終緩められがち、ゴールドアッシュに染められた短髪、両耳にはピアスがずらり、平均値を越える身長、極めつけは三白眼のコワモテ。 いつだって教室で浮いている桧室は鞠慧の帰りを待ち侘びてドアの方へ視線を向けていたのだが、一人の生徒と目が合い、首を傾げた。 中へ入ろうとせず挙動不審げに中を覗いていた彼の元へ大股で近づいていく。 「鞠慧の召使だろ」 二年生の教室を遠慮がちに覗いていた一年生の朗人は、迫力満点な野獣センパイの登場にたじろぎつつも「あの、鞠慧センパイは……?」と問いかけた。 「あいつは職員室行ってる」 「そ、そうですか」 「それ渡しにきたのか」 朗人は小さめのトートバッグを持っていた。 「弁当か」 朝に余裕があり、先に登校した兄のためにぱぱっとサンドイッチを作ってきた朗人はコクンと頷いた。 「見せろ」 「えっ?」 思わず聞き返した朗人だが、据わり気味な三白眼に真っ直ぐ見下ろされて、わたわたとトートバッグを広げてみせた。 ラップが綺麗に巻かれた三角形のたまごサンドが二つ。 それを目にした瞬間。 ぐうううううう 「えっ」 「朝、食ってねぇんだよ」 お腹の虫を鳴らし、じーーーーっとたまごサンドを見つめている桧室に朗人は思わず笑ってしまった。 「あ?」 「あっ、ごめんなさいっ、桧室センパイ、よかったら一つ食べますか?」 「鞠慧のが減んじゃねぇか」 「後でおれの分一つ持ってきます」 「じゃあ食う」 桧室はその場でラップを剥ぐなりサンドイッチにかぶりついた。 目撃した数人の同級生と朗人が呆気にとられている中、二口であっという間に完食してしまうと、トートバッグを突っ返す。 「ブラックペッパーきいててうまいな」 「え、あ、はいっ」 「パセリもいいアクセントになってんじゃねぇの」 「あ、やったぁ」 「醤油が数滴ってところか」 「あ……すごい、よくわかりましたね」 外資系ホテルの料理長に抜擢されたシェフを父親を持つ桧室に隠し味を言い当てられて朗人が感嘆していたら。 「あ、鞠慧センパイ!」 職員室から鞠慧が戻ってきた。 教室の後方ドア付近で向かい合っていた桧室と朗人に、艶深い目許をほんの僅か引き攣らせて。 「センパイ、よかったらコレお昼にどうぞっ」 「俺が一つもらったわ」 「後でおれの分一つ持ってきますねっ」 「朗人の分は朗人が食べていい」 トートバッグを受け取ってくれた鞠慧に義理の弟は目を輝かせ、二限目のチャイムが鳴り出すと大慌てで二年生フロアを去って行った。 授業担当の教師がやってきたのでそのまま桧室も鞠慧も席に着いた。 そして五十分の授業が終わって休み時間に入ると。 「桧室」 普段ならば桧室が鞠慧の元を訪れるのが通常パターンであったが、珍しく鞠慧の方からお行儀悪くイスに座る桧室の元へ。 イスの背もたれに踏ん反り返って障害物なる長い足を床に伸ばしていた桧室に彼は言う。 「俺のたまごサンドを勝手に食べるな」 それだけ告げると華麗に回れ右をして自分の席へ戻って行った。 「おい、鞠慧の弟」 翌朝、登校したばかりの朗人が通学鞄からノートや教科書を取り出していたら桧室が一年生教室へやってきた。 驚く余り朗人はノートや教科書をその場にバサバサ落とし、桧室は一切気にせずにアルミホイルで包まれたソレを机に二つ置いた。 「昨日の礼」 「えええっ、わざわざそんな、しかも二つ……?」 「鞠慧はいらねぇって言うから。お前にやる」 「あ、ありがとうございます」 「食えよ」 他のクラスメートと同様、野獣センパイの登場に動揺していた朗人は一瞬まごついたものの、アルミホイルを怖々と開き、現れた三角形のたまごサンドにちょっと心を揺さぶられ、ぱくっと一口。 「わ……おいしい」 自分の作ったたまごサンドを越える美味ぶりに朗人は素直に顔を綻ばせた。 「当たり前だろうが、俺の手作りだぞ」 「わわわっ、すみません、ありがとうございます!」 ちっとも似てねぇ弟。 どこにでもいそうな、ありふれた、代わり映えのねぇ。 「鞠慧センパイも食べればよかったのに、もったいないなぁ」 ふつう中のふつうな奴。

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