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君は女王様-5

土曜日、地元の大学に通うため一人暮らしを始めた姉と会う約束をしていた桧室は、特急列車が到着するまでの時間、父親の勤めるホテル付近を一人ぶらぶらしていた。 ふと視界の端に引っ掛かった深紅色。 足を止め、ショーウィンドウに丁重に飾られた無駄のない完璧なフォルムのハイヒールをまじまじと眺めた。 「すみちゃん!」 「う、わ……びっくりさせんなよ、姉貴」 「あ、このハイヒール、すみちゃん好きそ」 「そうだな」 「おなかへった、早くパパのごはん食べたい、どこ? ホテルどこ?」 「こっち」 メールで弟の居場所を粗方聞いていた姉は発見するなりその腕に飛びつき、桧室はされるがまま、街路樹のイチョウが色づく石畳の通りを歩き出した。 大人びた深紅のシルエットに後ろ髪を引かれながら。 「桧室センパイ、この間のお礼です!」 「こんなん、延々と続くじゃねぇか、終わりがねぇぞ」 「あはは、そうですねっ」 今度は朗人にツナサンドを渡されて桧室は肩を竦めた。 「桧室センパイのツナサンドすごく興味ありますっ」 午前中の休み時間、ドア越しに遠慮がちに手招きされて廊下へ出向いた桧室に朗人は笑顔で言った。 「ところで、桧室センパイって、彼女いますか?」 「あ?」 「土曜日、仲良さそうに歩いてるの、見かけたんです」 「あれは姉貴だ」 「すみちゃん」 「……」 桧室に明らかに睨まれて朗人は笑顔を引っ込めた。 「すみません!」 「俺の名前に文句あんのか、朗人」 「わぁ。おれの名前知っててくれたんですかっ」 そりゃあ鞠慧がそう呼ぶから。 「すみちゃんって、どう書くんですか?」 なんでこいつこんな図々しいんだ。 謝ったり、怖がったりするくらいなら、距離をとればいいのに。 「どう書くんですか?」 「……澄んだ花」 桧室澄花(ひむろすみか)は仏頂面で答えた。 字面だけ見て女性だと多々判断されるこの名前が一時期本当に澄花は嫌いだった。 何だよ、澄んだ花って。 俺のどこにそんな要素あるんだよ、一つもねぇよ、そもそも男につける名前かコレ。 今はもう、せっかく授かった名前だと、諦めた。 笑われても驚かれても知ったこっちゃあなかった。 「きれいな名前ですね」 澄花は仏頂面を解いて朗人を再度見下ろした。 「……やっぱり、すみちゃんセンパイと鞠慧センパイって」 「あ? お前がすみちゃん言うな」 「す、すみません、つい、あっ、チャイム鳴ってるっ、もう行きます!」 チャイムが鳴り出し、朗人はまた慌てふためいて下の一年生フロアへと戻って行った。 まだ次の授業担当の教師が来ておらず、騒がしい教室に澄花も戻ってみれば、常時背筋がピンと張り詰めている鞠慧に待ち構えられていた。 「桧室、朗人から何を受け取ったんだ」 「お揃いのピアス開けてくれるなら教えてやる」 「サンドイッチか? 随分たくさん作っていると思ったが、お前の分まで、作ってくるよう欲求したのか?」 「何もしてねぇ」 訝しそうにしていた鞠慧は教師が来ると納得できないといった様子で自分の席に戻って行った。 シンプルな内装の部屋とまるで調和がとれていない深紅のハイヒール。 一番大きなサイズを購入したが当然窮屈極まりなく、履いてみた澄香は歩く気にもなれず、すぐに脱いだ。 目に止まって、魅了されて、尾を引かれたウィメンズのアイテムはいくつだってあった。 しかし実際お買い上げしたことは今回が初めてだった。 何だろうな。 急に思い立ったというか。 『きれいな名前ですね』 あんなん初めて言われたから。 浮き足立ったみたいな。 解かれたリボンやラッピングが詰まった箱に戻していたハイヒールの片方を澄花はもう一度手にとった。 鮮やかに艶めく甲の部分にキスをする。 似合わなくても、履けなくても、いい。 「きれいなもの」に恋い焦がれる気持ちの拠り所。 どこにでもありそうな、ありふれた日常の隙間に紛れている、俺の宝物。 「澄花センパイ、今日はカツサンド作ってきました!」 こう見るとお似合いなのかもしれない、二人って。 「朗人、バイトで疲れているだろうし、無理して早起きしなくていい」 「へぇ、バイトやってんのか、コンビニか何かか?」 「答えなくていい」 「肉まん買いに行ってやるよ」 食堂で二人の上級生を前にして手作りのカツサンドを食べていた朗人は、一見してタイプの違う彼らを遠慮がちに見比べ、思う。 鞠慧センパイと澄花センパイ、見た目は全く違うけど、芯が共通してるっていうか。 だから、二人がいちゃついて(?)るの、違和感ないって感じたのかなぁ? 女王様な二人の心を奪ったことも知らない朗人はのほほんとサンドイッチを頬張るのだった。 end

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