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君にさよなら-2
「桐山清吾!」
その名前に反応した楠里は教卓に目線をやった。
「はーい」
なんとも間延びしたやる気のない声。
教室の至るところから忍び笑いが洩れた。
「桐山、もっとしゃきっとしろ。来年こそは気を引き締めて授業をさぼらないように」
「はいはい」
教師から成績表で頭をはたかれて、清吾は、肩を竦めている。
席に戻った彼は不真面目な姿勢でにやにやと笑うばかりだ。
「冬休み中、高校生にあるまじき行動はとらないこと。お前達はもう二年だ、一年後には大学受験を控えている。そうじゃない者も、今のうちから進路の準備をちゃんと……」
風が吹雪いている。
窓が軋んでいる。
誰かがシャープペンシルの芯を出し続けている。
カチカチカチカチ
まるで秒を刻むかのように。
「桐山、うるさいぞ」
担任の注意後に「ごめんなさーい」という返事があった。
「じゃあ、みんな勉強を怠らないように! 起立!」
一斉に席を立ち、全員揃って礼をした。
楠里は誰にさよならを告げるでもなく足早に教室を後にした。
他のクラスと比べて随分と早くホームルームが終了したらしい、廊下に生徒の姿はなく、舗装された中庭ではただ風が吹き抜けていくばかり。
楠里はマフラーに首をすぼめ、戯れに指の関節を鳴らした。
校門に近づく。
「……」
そこに寄りかかっていた清吾は子供のような無垢な笑顔を浮かべて楠里を迎えた。
「俺、足速いの」
茶色の髪。
白い肌。
黒目がちの双眸。
ブレザーの下には傷だらけの片腕。
襟には校章、ストライプのシャツの上には白いセーターを着込んでいる。
「予定とかあるの?」
繊細な細工の施された校門を抜けて閑静な通りに出る。
「ないならさ、俺んちおいでよ」
腕をとられてよろけた楠里は一瞬清吾に体ごともたれかかった。
彼の双眸が間近になる。
「昨日作ったシチューが大量に残ってんの。おいしいよ。早く食べなきゃもったいないからさ」
楠里は清吾に手を引かれて歩いていた。
彼の手は冷たい。
繋がった場所から冷えた温度が自分の体にまで伝わり、冷却されていくような錯覚を楠里は得た。
「ずっと思ってたけど、楠里って、おもしろい名前だよね。やっぱお薬のクスリって意味?」
一歩前を進んでいた清吾はたまに楠里を顧みては、ほっと、ため息をついていた。
「あ、バス来てる」
停留所に今まさにバスが停車しようとしていた。
ぐん、っと引っ張られる。
彼の茶色い髪が靡く。
既視感にも似た、何とも言い知れない感覚が湧き上がり、楠里はそっと目を見張らせたのだった。
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