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君にさよなら-3

連れて行かれた先は新築と見紛うばかりの住居が建ち並ぶ住宅街だった。 昼間だというのにひっそりしていて車もあまり通らない。 綺麗に刈られた生け垣や芝生、ゴミ一つ落ちていない舗道。 清吾はバスの中でもバスを降りてからも楠里の手をずっと握っていた。 手は冷たいままだ。 体温でも吸収されているのか、楠里は自分の手がかじかんできていることに気づいた。 清吾は一軒の家の門扉を開いた。 茶色と白に塗られた壁で二階には広いバルコニーがある。 干された洗濯物が風にはためいていた。 「この家、おばけがいるんだよね」 鍵を取り出してロックを解除した清吾は「ただいま」も言わずに、そんなことを笑いながら口走った。 「今日から冬休みだよ。俺、すっげーどきどきしてる。楽しい」 一端離していた手をまた繋いで、清吾は、楠里をリビングへ案内した。 楠里は高い天井を見上げた。 吹き抜けのリビング。 落ち着いた色調。 L字型に並べられたソファとテーブルは床と同系色で、外観とそう変わらない配色だ。 茶色と白。 隅に置かれた観葉植物だけが染みのように滲んだ緑色だった。 楠里をソファに座らせると隣に清吾も腰掛けてきた。 「地味な色でしょ。俺の父さんね、不動産屋。脱税ってやつ、してるみたい。マンションに女とか囲っちゃってウチには帰ってこない、本当、テレビの悪者みたいな」 舌足らずな甘えた口調。 顔立ちも甘い。 睫毛が影を落とすくらいに長い。 小さな顔だ。 二つの掌ですっぽりと隠してしまえそうな。 「楠里って何人家族?」 自分の手を弄ぶ清吾を見下ろして楠里は答えた。 「四人」 「それは、兄弟? それともおじーちゃん? おばーちゃん?」 「弟」 「妹がいたんだよね」 楠里が目を細めると清吾は首根っこにしがみついて、耳元で囁いた。 「楠里のことなら何でも知ってる。ねぇ、腹減ってる? シチューあっためてくるね」 ぱっと離れるとダイニングに通じているドアを開けてリビングから去っていく。 楠里はそのドアをしばし凝視した。 知ってる? 何のために。 マフラーを外して楠里は一息ついた。 隣室からがたがた物音が聞こえてくる。 それ以外は至って静かだ。 「誰?」 楠里は体を捻って二階を見上げた。 女が立っている。 「清吾のお友達?」 白いブラウスを着ていた。 真っ黒な髪は肩の辺りで揃えられていて、柔らかそうに弾んでいる。 肌の白さが清吾と同じだった。 「同じクラスの嶺井です。突然お邪魔してすみません」 「いーよ、謝んないで」 ドアが開いて清吾が顔を覗かせた。 「こっちで食べよ? おかーさんは食べないんだよね。何も食べる気しないんでしょー?」 清吾が子供に言い聞かせるように問いかけると、母親らしき人物は、こくんと頷いた。 「じゃあ寝てなさい。外に出たらだめだよ、わかる? 夕方になってから洗濯物入れるんだよ?」 もう一度こっくり頷いて彼女は奥へと消えていった。 ぼんやりしている楠里を促して清吾はダイニングへと移動した。 「病気なんだ。顔色よくないのもそのせい。ま、自業自得ってやつだけど」 カウンターの向こうで鍋の中を掻き混ぜながら清吾は言う。 ダイニングテーブルに着いた楠里を見つめながら。 「このうちのおばけ」

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