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君にさよなら-6
ああ……やっぱり夢だ。
ここは自分の部屋じゃない。
あんな人、俺の家族にはいない。
「ああ、お客さんがいらしていたんだったわ」
歌の続きを口にしているかのような、軽やかな口調。
光が動く。
女はベッドの傍らまでやってきた。
「ねぇ、ねぇ、ねぇ。起きないの?」
体が重い。
女は楠里の足の先に触れている。
ひんやりするのは何故だろう?
これは夢なのに。
「指がね、一本増えるの。鏡に写すと六本指。悪魔が後ろで笑ってるの。悪魔って、本当にいるのよ」
変だ、汗をかいている。
体が熱くなってくる。
彼女はどこに触っている?
これは夢じゃない。
けたたましい騒音が静寂を貫いた。
「あ! あははぁ! あはは!」
堪えきれないといった風に女が笑い出す。
部屋に飛び込んできた清吾が彼女を押さえ込む。
彼の腕の中で女は腹を捩じらせて哄笑する。
「ああ! 清吾! 清吾ってば! 早く学校に行かなくちゃ! 遅刻しちゃうでしょっ」
二人は縺れるようにして部屋を出て行った。
楠里は目の前で閉まったドアを見つめた。
動悸が加速しているのは驚きからだけではない。
ホールの明かりが細くできたドアの隙間から洩れている。
甲高い女の笑い声は尾を引くように流れ、やがて消えた。
部屋に光が満ちて、また、暗闇が戻る。
「夜になると変身しておばけになっちゃう」
清吾の声はいつも通りだった。
ぺたぺたと床が鳴る。
あの女と同じルートを辿って清吾はそこに立った。
「楠里、触られたでしょ」
まだ余韻が残っている。
生々しい手つきが、まだ。
「おかーさんが触ったんなら、俺も触っていいよね」
ベッドに乗り上がり、楠里の足の間に膝を突いた清吾は笑った。
「勃ってるよ、楠里の」
暗闇に目が慣れてくる。
楠里は両目を瞑った。
生温かい、湿ったものがその先端をくすぐる。
背筋が震える。
後方にずらした手で何とか上体を支え、唇を噛んだ。
息が詰まりそうになる。
ぴちゃぴちゃと鳴る彼の口内。
自分自身から滴り落ちる雫。
「……あ」
清吾は口の中に捕まえたまま、放出されたものを喉奥に流し込む。
それでも離そうとせず、舌を動かし続ける。
その根元に燻る熱が再度の燃焼を迎える前に吐き出して。
「……死にそう、俺」
唇に唇の感触。
冷たかったはずが熱く潤っている。
執拗で貪欲なキスに楠里は呻くしかない。
「楠里、ねぇ……そのままだよ」
突然の締めつけに気を失いそうになる。
「う……」
「ねぇ、目……開けて、楠里」
か細く願われて、楠里は、非常にゆっくりと瞼を持ち上げた。
「俺の中……どう?」
上下する清吾の腰。
濡れた双眸。
彼の体の奥深くにまで沈んだ自分自身。
……夢じゃない。
「……!!」
清吾の中で自分のものが弾けたのがわかった。
清吾は小さな悲鳴を上げ、楠里の頭をさらに強く抱きしめた。
耳元に熱っぽい吐息がかかる。
楠里は荒い呼吸を繰り返した。
「……はぁ……」
体はまだ繋がったまま。
微弱な振動でも敏感に感じ取ってしまう。
「楠里……」
手首を掴まれた。
「俺、まだいってない」
視界に写ったのは緩やかな笑みを湛えた口元と、清吾のペニスだった。
「触って」
赤い唇が求める。
密着した下半身に何かが燃え滾っている。
清吾に導かれるがままに楠里はそれに触れた。
「動かして……楠里が自分でやるみたいに」
清吾の母親が歌っていた。
声は遠い。
それとも、小声で、ドアのすぐ後ろで歌っているのだろうか。
「あ、あ、あ」
どうしてこんなに白い肌をしているのだろう。
どうして、あんなにも冷たかった皮膚が、こんなに熱くなるのだろう。
「もっと早く……」
自分は何をしているんだろう?
清吾が果てる頃に楠里もまた数回目の絶頂を迎えた。
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