482 / 596
君にさよなら-7
規則正しい寝息。
衣擦れの音。
楠里は目を覚ました。
部屋の中は薄暗い。
それは遮光カーテンのせいだろう、朝にはなっているはずだ。
目を擦ろうとしたら肘がぶつかった。
「ん……」
すぐ隣で清吾が寝ていた。
楠里の方を向いて、わざわざ足を絡ませている。
道理で寝苦しかったわけだ。
パジャマの袖がずれ落ちて腕の傷が曝されている。
左腕だ。
一昨日つけられた傷がどれなのかわからない。
「……あ、おはよ」
清吾は寝起きがいいらしい。
ぱちりと目を見開くと、絡めていた足を解いて、うつ伏せになった。
「……おはよう」
「眠れた?」
「まぁ」
「そっか、よかった」
小さな欠伸をした清吾はしばらく無言で楠里を見続けた。
起き抜けのせいか、いつにもまして色素が薄い。
赤い唇は少しひび割れて乾いていた。
車の走行音が家の前を通り過ぎる。
清吾は楠里の髪に手を伸ばした。
「楠里が、いる、ここに」
頭を撫でられるのは何年振りだろう。
肘を突いて上体を浮かし、清吾は、起き上がった。
「楠里って目を逸らさないよね。じっと見てくれる。楠里の視線、気持ちいいよ。じゃあ朝飯作るから」
清吾は部屋を出て行った。
いつもと違う朝。
毛布に残る清吾の温もりがやけに暖かい。
楠里は、また、あの感覚に襲われていた。
未経験の思い。
胸が捩れてそのもっと奥が痛くなってくるような。
頭を何度か振った楠里は毛布を畳んで一階へと降りた。
昼食といったほうが妥当な、かなり遅めの朝食をダイニングでとった。
半熟の目玉焼きにベーコン、トースト、飲み物はオレンジジュース。
「リビング行こ」
近距離の移動でも清吾は楠里と手を繋ぎたがる。
まるで幼稚園児を引率する保母のようだ。
テレビを点けてソファに仰向けになった清吾の邪魔にならないよう、楠里は端に詰めて座った。
パジャマの袖が捲れて清吾の傷が露になっている。
無意識か意図的にか、清吾はそこを頻りに引っ掻いていた。
容赦ない爪の立てようである。
尖っていれば今にも出血しそうな勢いだった。
「瘡蓋のでき始めって、なんでこんな痒いのかな……あ、また瘡蓋剥がれちゃった。やっぱ絆創膏……」
出血してもまだ止めない。
抑えられない発作同然の欲求なのか。
珍しくしかめっ面をしている。
「あーだめだ。ね、楠里、それとって」
清吾が指差した先にはテーブル上に放置されているカッターがあった。
放課後に持っていたものとは別だ。
手渡してやると、刃を数センチ引き出して、清吾は再び楠里の手の中に戻す。
「楠里、切って」
楠里は当惑した。
ともだちにシェアしよう!