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トモ活しちゃう?-3
週明けの月曜日、その背中に凛空は何度「ごめん」と謝ったことだろう。
いつも通りの時間帯に登校し、朝礼間際にやってきた樫井が前の席に着席してからというもの、凛空の顔色は優れなかった……というより、赤かった。
「ゆっきー、熱あるんじゃ?」
「な、ない、別に熱なんかない」
「あ、金曜はどーだった? 初ラブホ!」
「しーーーーー!!!!」
一限目が始まる前、友達の口を慌てて塞いだ凛空は前の席にいる樫井をチラリと窺った。
なっんの変化も見られない後ろ姿。
樫井から金曜夜について特に責められることもなく、相変わらず「おはよう」の一言もなし。
無愛想なクラスメートは至って通常運転のようだった。
俺のせいで場所変えたのは明らかだったけど、あの後、別のラブホでやっぱり……。
「なーなー、どーだったの? ベッド回ったりした? いつもよりコーフンした?」
「ッ……コーフンするも何も俺別れたしっ、その話は後でっ」
「え」
動揺する友達を余所に凛空は気になって仕方がなかった。
「ひぃぃっ、今日も寒いっ、ちょっと輪になって俺のこと囲んで早く!」
「誰が囲むか」
「樫井んとこ行けば」
校庭で行われた体育の授業、いつものように樫井の背中にひっつくこともできずに、背中を丸めて自分より背の低い友達に苦心してひっつきつつ、風に吹かれている孤高の彼をチラチラ、チラチラ。
カノジョとのこと聞きたい。
なんか気になる。
でも聞けない、聞きづらい。
土曜も、日曜も……ヌいちゃったんで。
ちょっと今は樫井に接近できない。
なんでこんな変なことになってんだろ。
俺の頭と体どーしちゃったんだろ。
「ゆっきー重たい苦しいっ」
「あっ、ごめんごめん、あっ、寒いっ!」
放課後。
校舎の片隅で凛空はしゃがみ込んでいた。
目の前には写真部専用の暗室がある。
頭上のパネルには「使用中」の文字が点灯中だった。
うっわーーーーーーーー。
ほんと何やってるの、俺。
怖くない?
やばくない?
自分で自分の行動が理解できません……。
気になって、気になって、凛空は今日一日ろくに授業に集中できなかった。
目の前の背中を眺めているとよからぬ妄想が湧くに湧いて、延々と俯いて、教師に「居眠りするな」と何度注意されたことか。
結局、樫井にカノジョとのことを尋ねるどころか何の言葉もかけられずに帰りのホームルームを迎えて。
すんなり下校する気にもなれず、友達に「ちょっと用事あるから」と告げ、衝動に突き動かされるがまま凛空はここへやってきた。
多分、ここにいると思う、まだ靴あったし、教室にはいなかったし。
気持ち切り替えて、明日、ふつーに聞いたってよかったんだろうけど。
そわそわするっていうか。
心が落ち着かない。
今すぐ樫井と話したい。
日が傾いてどんどん暗くなっていく校舎。
作業の邪魔をするのも気が引け、人気のない廊下の隅っこに座り込んだ凛空は上の空でスマホを眺めて時間を潰した。
「さむぃ」
いい加減、お尻が冷たくなってきて、一時間経過した頃に立ち上がって背伸びをしていたら。
がちゃり
「あ」
当の樫井が廊下に出てきて凛空はピタリと固まった。
出入り口に垂れ下がる暗幕の向こう側から聞こえた「部長、お疲れ様でしたー」という挨拶の途中で樫井は扉を早々と閉める。
鞄をどさりと足元に下ろすと、雑に引っ掴んでいたブレザーをブルーグリーンのセーター上に着込み、下ろしていた鞄を小脇に抱えた。
「ま、待って待って、樫井っ」
そのまま平然とスルーして立ち去ろうとした樫井を凛空は慌てて呼び止める。
「樫井と話したいことあって……!!」
立ち止まった樫井は背後に駆け寄ってきた凛空を肩越しにジロリと見下ろした。
「俺と話 したくてわざわざ待ってたのか」
うわ。
久し振りに樫井の声聞いた。
いつぶりだろ、先週木曜、現国で音読あてられたぶり?
「う、うん、待ってた」
凛空がそう言えば樫井は無言で歩き出した。
彼が向かった先は生徒用玄関ではなく自分達の教室だった。
何か忘れ物でもあったのかと、首を傾げつつ後をついてきた凛空と、明かりも点けずに暗い室内で向かい合う。
あれ、なんか、緊張する。
いつも俺の前にいるのに、樫井。
あんまり向かい合うことないから、かな、やっぱでっかい、見上げるって慣れないな、変だ、なんかどきどきしてーー
「俺がママ活してるの誰にも言ってないだろうな」
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