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同罪のすゝめ-2

遠く彼方の宵闇に引っ掻き傷じみた三日月。 夕暮れ刻、人気のない公園でブランコを漕いでいたミチルの元にスニーカーで砂利道を音立たせながらやってきたのは。 「恭兄ちゃん」 「お前、また変態に連れてかれても知らねーぞ」 数年前、本当に連れ去られかけて一騒動を起こしていたミチルは首を左右に振る。 「僕、もう中学生だし、何されても平気だよ」 「そういう問題じゃないだろ」 ネイビーのベストにネクタイ、チェックのズボンを履いたミチルは誰そ彼の時分だと性別の境界線が曖昧になって少女に見えなくもなかった。 ブランコのすぐそばには常夜灯が設置されていた。 ミチルを淡く照らしている。 恭彦の視線は、自然と、そこに吸い寄せられた。 「ミチル、それ、何だよ」 ミチルの両手首には痣のような痕があった。 まるで誰かに容赦なく捕らわれていたかのような拘束痕。 ミチルは何でもないことのように澄んだ眼差しで恭彦を見上げたまま、答えた。 「担任の芹澤先生にずっと掴まれてたから」 「……無理矢理、何かされたのか」 恭彦の問いかけにミチルは、今度は、小首を傾げるようにして顔を傾けた。 「せっくす、したけど」 父親は転勤、母親は病院で夜勤中、学生の姉は実家を離れて一人暮らし、そのため誰もいない自宅に恭彦はミチルを招いた。 「せっくす、したいわけじゃなかった、ただ、キスがどんなものなのか知りたくて」 昨日、公園で、恭兄ちゃんがしてたの見て。 どんなものなのか、すごく知りたくて。 「それで、芹澤先生にお願いしてみたら」 『私は家族よりも君のことを愛してるよ、織野君』 「実験室で、そのまま」 冷たい実験テーブルに押し倒されて両足の間に割って入ってきた芹澤に、ミチルは、貫かれた。 優しい言葉と反対に教師の両手は生徒のか細い両手首を、まるで罪人でも罰するような強さで、ずっときつく掴んでいた。 「痛かったけれど我慢できないこともなかった、時々、僕の頭を撫でてた先生の指輪が髪に引っ掛かって、でもそれも途中で外してくれたから」 「やっぱり変だな、お前」 散らかった居間のソファにうつむきがちに座っていたミチルはぱちぱち瞬きした。 『変な奴』 恭兄ちゃんに何度も言われてきた言葉。 呼吸が止まったネコを拾ったときも、飼育小屋のウサギがあんまりにも汚くて弱っていたから勝手に逃がそうとしたときも、知らない人に声をかけられてついていこうとしたときも。 いつも恭兄ちゃんが来てくれた。 中学校に上がって、近所で擦れ違ったときは声をかけてくれた、でも高校に進んだら全然会わなくなった。 さびしかった。 会いたかった。 「変だよ、ミチル」 久しぶりに聞く言葉。 嬉しい。 「お前、聞いてる?」 うつむいていた顔に片手が添えられたかと思うと角度を変えられ、ミチルの視線は、隣に座る恭彦の双眸とぶつかった。 『ほら、行くぞ』 恭兄ちゃん、背が高くなって、手も大きくなって、声も変わって。 でも髪の色は同じ、まだ体育得意なのかな、運動会ではいつもリレーのアンカーだった。 やっぱり嬉しい。 ミチルはすぐそばにあった恭彦の唇にキスした。 すぐに顔を離せば、前と同じように、自分の行動に呆れながらも見守ってくれているような眼差しの恭彦がそこにいて。 「ミチル」 あ。 違う。 先生と違う。 「恭兄ちゃん、もうちょっとしていい……? だめ……?」

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