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それでも添い遂げ心中-3

「あのさ、苑田」 「なんだ」 「せめてぱんつくらい履いてくれないか」 余所様の家でも素っ裸で就寝する非常識極まりない変人苑田、風呂を借りてリビングに戻ると椛島にそう頼まれて、答えた。 「持ってきていない」 「新品の、置いてただろ?」 「むむ」 「むむ、じゃなくて、今日は履いて寝てほしい」 「今まで裸でも特に何も言わなかっただろう」 「今日は履いてくれ」 椛島の言う通り苑田は自分のために用意されていたボクサーパンツを履いた。 就寝時間になった。 最初のお泊まり日、和室で一人寝かせようとしたら「いやだーーー!」と夜中に絶叫されて、自分の部屋の床に寝かせようとしたら「いっしょがいい!」と椛島のベッドに入り込んで、結局、そのまま二人一緒に眠って朝を迎えた。 その日も苑田と椛島は同じベッドで日付を跨いだ。 「椛島、椛島」 Tシャツにジャージ下を履いた椛島を苑田は背中からぎゅっと抱きしめる。 まるで恋人同士だ。 でも苑田にそんなつもりはない。 恋愛とは違う、本人いわく宇宙レベルの絆で結ばれた関係として、椛島を抱きしめる。 一方、椛島は。 今夜はいつになく寝苦しく思えた。 裸の腕が胸に絡まって、背中に覚える熱い体温、髪に浅く埋まる高めの鼻梁の感触。 寝返りできない。 いつもと同じなのに、いつもと違う。 『付き合ってもいいんじゃないのか』 今日の昼休み、女子に告白されたことを苑田に伝えた。 てっきり嫉妬されると思っていた。 でも意外にもあっさり流されて、しかも交際を勧められて、ぽっかり胸に穴が開いたような。 何の躊躇もなく自分の下半身に重ねられた下半身。 服越しに感じる、苑田の、その輪郭。 「椛島、今日はやたら熱くないか? 熱でもあるのか?」 薄闇の中、急に顔を覗き込まれて額に片手をあてがわれ、椛島は喉仏をヒクリと震わせた。 「大丈夫か?」 異国の血が流れる苑田の髪はダージリンティーの色で、肌は白く、高校入学時よりも身長がまた伸びて180センチを軽く超えていた。 猛禽類みたいに大きくて鋭い目。 睫毛は上下とも長め。 何か手を加えたのかと思えるくらいに整った歯並び。 椛島が作ったものなら何でもバクバク平らげる。 「椛島?」 「今日は……別々に寝よう」 「え!! いやだ!!!!」 「ッ……大声出したらお隣さんに聞こえるから……じゃあ俺が床で寝る」 「じゃあ僕も床で寝る」 「……」 「椛島、どこに行く、トイレか?」 「和室で寝る」 「!?」 「苑田は、和室、苦手だろ。仏壇を怖がってたもんな」 「怖がっていない!!!!」 「しー」 椛島がベッドから起き上がる素振りを見せたので苑田はぎょっとした。 お泊まりの日は一緒に寝るのが当たり前で、まるで小さなこどもみたいに独り寝を嫌がった苑田は椛島に抱きついた。 当然、180越えの図体だ、小さなこどもとは比べ物にならない腕力だ。 しかも後ろから全力でぎゅうぎゅう抱きつかれて、椛島は……息が止まりそうになった。 「苑田、苦しいよ」 胸のずっと奥が苦しい。 苑田の体温に心臓が焦げつくみたいな……。 「行かないでくれ、椛島、僕を置いていかないでくれ」 薄闇の中で眉根を寄せていた椛島はいつだってストレートな苑田に思わず小さく笑った。 「大袈裟だな、苑田」 その後も離れようとせずに椛島に抱きついたまま苑田は寝てしまった。 今夜はやはり一段と寝つきが悪く、椛島は、見慣れた部屋の壁を意味もなく薄目がちに見つめていた。 「ん」 時折、すやすや眠る苑田の寝息が耳朶を掠める度に眠気はさらに遠ざかった。 ふとした拍子にぶつかり合う下半身にビクリと心臓が震えた。 どうしたんだろう。 今までこんなことなかったのに。 椛島は目尻から独りでに溢れた涙を放置してシーツを握りしめた。

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