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SATURDAY,JUNE ☓☓ at ☓☓ PARK-2

『シホちゃんのパソコン勝手に見て怒られない?』 『怒られる、ぜったいド突かれる』 『やっぱりやめようよ、允』 『マキちゃんがもう一回聴きたいって言ったし、マキちゃん、おれの代わりにねーちゃんにド突かれて』 『あ。パスワードだって』 『ん、知ってる、あのバンドのベースの名前』 『てめぇら何やってんだコラ』 『あ、シホちゃん……』 『おれじゃない! マキちゃんが曲聴きたいって言った!』 『マキくん、小四の割に肥えた耳してるねぇ、いつだって聴かせてあげるし』 『ずるい……ねーちゃん、マキちゃんに甘い……』 小学生の頃はよく互いの家に遊びにいった。 でも俺が允の家に遊びに行った回数の方が圧倒的に多いはずだ。 允には年の離れたお姉さんのシホちゃんがいた。 高校生になって音楽とかフェスにハマったシホちゃんの部屋はポスターとかステッカーでいっぱいで、かっこよくて、俺は平日も土日も入り浸っていた。 シホちゃんの影響で俺と允も同じロックバンドを好きになって、中学生の時、シホちゃんと三人で一回、二人で一回、ライブに行った。 別世界みたいでとてつもなく楽しかった。 特に二人で言った野外ライブは、高速バスで遠出して、帰りのバスは熟睡、それくらい面白かった……。 『偽善者め』 允にあんなこと言われるなんて。 さすがにびっくりした。 高校に上がってからは、それまでの付き合いが嘘だったみたいに、関係がぱったり途絶えた。 俺、何かしたんだろうか。 允を傷つけるようなこと……。 「ん……!」 どうして偽善者呼ばわりされたのか、予想外の言葉を浴びせられて考えあぐね、集中力がやや欠いていた槇哉ははっとした。 ストレッチ中だった。 肩を押す両手についつい力を込め過ぎてしまい、床に足を伸ばして前屈していた允は堪らず声を洩らした。 「允、ごめーー」 「マキちゃん、俺のことボキボキ折りてぇわけ」 肩を擦りつつ涙目で睨んできた允に槇哉は閉口する。 そこへ。 「私語をするくらいの余裕があるならビシバシしごいても平気だな、お前ら」 スパルタ体育教師に目をつけられてしまい、二人は他のクラスメートよりもハードな体育の授業を過ごす羽目になった……。 「放課後は大体用事あるからマキちゃんとは帰らない」 帰りのホームルームが済み、真っ先に窓際の席へ歩み寄って一緒に帰らないかと誘えば、バッサリ断られた。 「允、金曜は? みんなでカラオケ行こうかって話してて」 允は首を左右に振った。 スクールバッグを肩に引っ掛け、席のそばに立っていた槇哉を無言のまま追い越し、足早に教室を出て行った。 槇哉は他の友達といっしょに下校し、駅ビルに寄り道してタコ焼きを食べ、帰宅した。 ずっと允のことを考えていた。 どうして邪険なくらい自分に素っ気ないのか、偽善者呼ばわりするのか、気になっていた。 高校に入ってからは周囲の環境もガラリと変わった。 初めてできたカノジョのことや勉強を最優先にした。 正直なところ、せっかく同じ学校に合格した幼馴染みと疎遠になっていくのを見過ごしていた。 同じクラスになって、気にするようになって、そんなの現金だよな。 そういうところが「偽善者」なのかもしれない。 「お兄ちゃん、さっき久しぶりに允くんに会ったよ」 リビングのソファに座って上の空でカノジョにメール返信していた槇哉は、塾から帰ってきた妹の第一声に、スマホ画面から迷いなく視線を移し変えた。 「どこで?」 「バス停で。同じバスに乗ってたんだけど、どっちも降りてから気づいて。一緒に帰ってきた」 「俺とは帰らなかったのに」 「え?」 「何でもない。何か話した?」 「志望校、どことか、お父さんお母さん元気にしてるの、とか」 「俺について何か言ってた?」 「え? 別に? 特に何も?」 春休みから塾に通い始めた中学三年生の妹は随分とはっきりした回答の後、言った。 「ちょっと雰囲気変わったよね、允くん」 「前より口悪くなったってこと?」 「違うし。かっこよくなってない?」 「かっこよく……」 「うーん、むしろきれいになった?」 「允がきれい?」 「色気が出てきた」 「允に色気?」 母親は帰宅した娘の食事をキッチンで温め中、私大教授の父親は書斎にこもり中、明るいリビングには夜十時から始まったバラエティ番組のオープニングが流れていた。 允、学校が終わってから今まで外にいたのか。 「私服だったから雰囲気違って見えたのかな」 違う、一端帰ってきて、また外に? 「デートだったのかも」 そうか。 そうなのかもしれない。 允にもカノジョが。 「あ」 幼馴染みへの気持ちに意識が傾き、槇哉はうっかり作成途中の文章をカノジョに送信してしまった。 允、そのコと二人でライブに行ったりしたのかな。

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