510 / 596
SATURDAY,JUNE ☓☓ at ☓☓ PARK-3
朝、同級生と挨拶を交わしつつ教室に入った槇哉はまず最初に窓際の席へ視線を向けた。
いつも槇哉より早く登校している允は、ブルーグリーンの長袖シャツを腕捲りし、頬杖を突き、イヤホンをはめてスマホで音楽を聴いていた。
朝の日の光に曝された手首。
痣はもう見当たらなかった。
始業式のときに見たあの痣。
すぐに隠されたけど、誰かに掴まれた痕、そんな風に感じた……。
「むっちゃん、おはよ」
一年時も同じクラスだった友達に話しかけられ、席に着いた槇哉は他愛ないおしゃべりに耳を傾けようとしたのだが。
「睦月クンって有原と幼馴染みなんだよな?」
二年になって同じクラスになった同級生二人がニヤニヤしながらやってきた。
「俺、席近くだから見えちゃったんだけど」
「俺もコイツから話聞いて見ちゃったんだけど、ココにすごいのついてるよ?」
そう言ってクラスメートは自分の首筋を指先でトントンし、わざとらしい小声で「襟の裏にキ・ス・マ」と幼馴染みの槇哉に告げ口した。
「アイツ、淡泊そーに見えてムッツリ。平日ナイトによっぽど盛っちゃったんだろーな」
「でも有原って意外と女子からは人気あるよな」
「あんな愛想ないのに?」
「ああ見えて媚びるの上手とか。いーなー、俺もキスマつけられたーい」
大声で言い触らすほどでもなかったが、近くの生徒には聞こえている、明らかに揶揄している二人を前にして槇哉は言った。
「じゃあ俺がつけてやろうか」
キョトンとした二人の内、キスマークをつけられたいと口にした方のクラスメートの首根っこをいきなり掴んで力任せに引き寄せた、そして。
ぢゅーーーーーーーーーッッ!!
「えッッ!? いででででッッ!!」
「うわぁ、むっちゃん……」
高一から槇哉と親しくしている三池 は呆れ、教室にいた半数の生徒はぎょっとした。
ふざけていたクラスメートの首筋に吸血鬼みたいに吸いついて鬱血痕を刻んだ槇哉は、愕然としている相手をぱっと離し、平然と告げた。
「ほら、ちゃんとついてる、よかったな」
一部の女子生徒がざわ……ざわぁ……している。
「むっちゃんって極稀に突拍子もないキレ方するよな、あ、先生来たぞ、ほらほら、席戻んな」
担任が入室し、ガチでキスマークをつけられて赤面したクラスメートは首を傾げつつ他の生徒と共に席へ戻っていく。
「どしたの、睦月くん、なんでヤバ倉にあんなことしたの?」
「まさかヤバ倉と付き合ってるとか?」
「うん、付き合ってる」
「「ひょええええ」」
「違うって、むっちゃん、冗談ならもっと冗談っぽく言わないと」
ヤバ倉こと山倉 に朝の教室で堂々とキスマークをつけておきながら一人平然としていた槇哉は、何気なく窓辺に視線を向け、允と目が合い、机の上で思わず静止した。
允はすぐに顔を逸らした。
首筋に片手を添えて。
イヤホンをしていた允にさっきの会話は聞こえただろうか。
それとも、俺があんなことしたから、自分の首筋の痕に咄嗟に気付いたとか。
痣にキスマ。
結構、過激な付き合いしてるんだな、允の奴。
金曜日の放課後、十人以上集まった帰宅部クラスメートと共に槇哉は学校から程近いカラオケへ寄り道した。
「なーなー、有原、何か歌ってよ」
「……」
面子の中には允もいた。
山倉が料金を出すから来てほしいと頼み込んだらしい。
「なーなー、有原のカノジョってかわい? 学校では一緒いるの見かけないし、他校でしょ? あ、もしかして大学生とか? 友達多め?」
「……」
大人数用ルームの端っこで山倉の質問責めに遭いながらも、カップに盛ったチョコレートソースがけソフトクリームを黙々とぱくついている允に、槇哉は複雑な気持ちを抱く。
俺が誘ったら断ったのに。
允の料金も俺が出すからって言えば、来てくれたのかな。
いや、そこまでする必要ない。
ただ前みたいに普通に話したいだけなんだ。
「みんな遠慮しちゃってるから一番目に歌いまーす」
「三池さすがーーーっっ」
フリードリンク片手に熱唱する友達、ひたすらポテトをつまむ友達、合いの手を入れつつスマホから絶対に視線を外さない友達。
普段は外している制服シャツの第一ボタンをきっちり留めた幼馴染み。
出入り口のドアから一番近い場所にいる允のことを、ソファのほぼ中央に座る槇哉は、やっぱりずっと気にしていた……。
「むっちゃん、そろそろ歌ってよ」
「あっ、睦月くんの歌聴きたい!」
「むっちゃん、めちゃくちゃうまいんよ」
「三池、ハードル上げないでくれ」
普段なら周囲がわかるような有名な曲を選ぶ槇哉は。
今日集まった同級生らの内、たった一人にしかわからない曲を選んだ。
ともだちにシェアしよう!