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SATURDAY,JUNE ☓☓ at ☓☓ PARK-4
「むっちゃん、やっぱ惚れる」
「今の曲誰のっ? 初めて聞いた! かっこいい!!」
「バンドの名前は聞いたことあったよ、CMでも使われてない?」
歌い終わった槇哉は曲名やバンド名を周囲に教え、ソファの端っこからいつの間に允の姿が消え失せていることに気がつくと、内心、ショックを受けた。
俺が歌ってるところも見たくないくらい疎まれてる……。
「……ドリンクとってくる、みんな、おかわりは?」
数人のおかわりのオーダーを受け、トレイを持った槇哉はクラスメートの歌声を背中にカラフルな配色の通路へ出た。
四階からドリンクコーナーのある一階へ降りるため突き当たりのエレベーターホールへ向かう。
一階まで下っていたエレベーターを待っていたら、店内に流れる有線音楽に紛れて、話し声が聞こえてきた。
誰の声であるのかすぐにわかった槇哉はその場から移動した。
エレベーターホールの脇にある、避難経路に宛がわれている階段入口。
壁の向こうをそっと覗いてみれば踊り場に立つ允の背中に視線がぶつかった。
「はい、今日は……、……です……ごめんなさい」
いけないとわかっていた。
聞き耳を立てて勝手に人の話を聞くなんて、当然やってはならないマナー違反だと、わかっていた。
それでも槇哉はその場から離れることができなかった。
「そうですね、確かに珍しい……ですね」
カノジョだろうか。
でも敬語で話すなんて余所余所しいような気もする。
痣。
わかりやすいキスマ。
まさか、允、女王様みたいな年上の女の人と付き合って……?
「今日は家族と一緒にゆっくり過ごしたらどうですか」
槇哉は目を見張らせた。
「奥さんとお子さんが好きなケーキでも買っていったらーー……」
不意に振り返った允と目が合った。
他人行儀だった口調の割に、紅潮した頬を幸せそうに緩ませていた幼馴染み。
瞬時に微笑は剥がれ落ち、数秒間硬直していた彼は「もう切りますから」と喉奥から声を絞り出し、通話を切った。
「允」
階段を素早く駆け下りた槇哉は立ち竦む允の前に立った。
「今の電話の相手、誰?」
「マキちゃんには関係ない」
「ソレつけた人か?」
槇哉はシャツの襟で隠れているキスマークを示唆し、允は、いつものようにあからさまに顔を背けた。
身長三センチ差の二人。
平均的な体格で似たようなシルエットだった。
「始業式に見えた手首の痣、アレも同じ人がつけたのか」
「……」
「その人って既婚者なのか?」
「……」
「それに、奥さんがいるって、それって相手は男だってことだよな?」
矢継ぎ早に質問してくる槇哉に允は言う。
「上から目線うざい」
鋭い痛みを胸に覚え、槇哉は、眉根を寄せた。
「別に上から目線のつもりなんか、ただ聞いてるだけだろ」
「マキちゃんうざい」
「允、」
「偽善者」
槇哉は口を噤んだ。
項垂れた允は幼馴染みの顔も見ずに階段を駆け上って、その場から消えた。
允、泣いてた。
見えなかったけど、見えなくても、わかった。
「ごめん」
もう目の前からいなくなった幼馴染みに槇哉は謝った。
あんなに幸せそうな允を、幼馴染みなのに、俺は知らない……。
盗み聞きして、糾弾するみたいに問い詰めて、允の幸せを濁らせてしまった。
今、允のことを傷つけたのは嫌でもわかった。
允は一人先にカラオケ店を去って行った。
夜八時までクラスメートといた槇哉は、帰宅すると夕食と入浴をささっと済ませ、宿題を片付け、カノジョからのおやすみメールにおやすみ返信して、就寝しようとした。
脳内に蟠 る罪悪感が睡眠を邪魔してなかなか寝付けない。
無意味な寝返りを繰り返し、スマホで現在時刻を確認し、ベッドに入って一時間以上経過したという事実にどっと徒労感を覚えた。
歩いて五分以内の近所同士。
それなのにとても遠く感じる。
允は……そうだったんだ。
全然知らなかった。
いつからだろう。
今の相手と、いつ、どこで、どうやって知り合ったんだろう?
キスマだけなら判断しづらかったけど、手首に、痣。
つまり、多分……される方……だよな?
おじさんおばさん、シホちゃん、みんな知ってるのか……?
いや、そこはどうだっていい。
もう別の人と結ばれてる相手に、誰よりも幸せそうに、電話越しに笑いかけていた。
允自身がそういう風に感じられるのなら、それでいいんだったら、何の迷いもないのなら。
言われた通り放っておくのが一番いいかもしれない。
「……本当にそれでいいのかな……」
悩める男子高校生はのそりと起き上がった。
明かりも点けずに再びスマホを手に取り、大手動画共有サイトを開き、検索したミュージックビデオを音量弱で再生した。
「青春か……」
自分にツッコミを入れながらも、本日カラオケで歌った、允とライブにも行ったロックバンドの曲を布団の中で鑑賞した。
深夜、整理整頓された部屋の暗がりに仄かな明かり。
繊細なギターリフが静寂を優しく引っ掻く。
好きな世界に好きなだけいられたらいいのに。
好きな人と、ずっと。
翌日、カノジョとのデートに遅刻した、最近すっかり脳内がスマートじゃなくなった槇哉なのだった。
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