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SATURDAY,JUNE ☓☓ at ☓☓ PARK-5
「うわ」
月曜日の朝、自分の席でいつものように音楽を聴いていた允は驚いた。
いきなり片耳のイヤホンを引っこ抜かれ、目を閉じて集中していた彼は相手をジロリと一瞥した。
「おはよう、允」
槇哉だった。
教室に入るなり窓辺の席に直行し、まず一声かけたが反応がなく、イヤホンを片方奪い取るという強硬手段に出た。
「あ、この声って」
「返せよ」
「これって新曲?」
「返せ」
「タイトル、何?」
スクールバッグを肩に引っ掛けたままの槇哉から顔を背け、仏頂面の允はタイトル名を教えてやった。
「いつも☓☓☓聴いてたんだ」
「悪いか」
「ううん、俺もこの間久々に聴いたし。うわ。やっぱり声も音も好き、サビかっこいい」
「早く返せ」
騒々しい教室の片隅で、つい、幼馴染みの手首や首筋に意識が向きかけた槇哉は自戒を心がける。
「六月にコッチ来るだろ、野外ライブで、しかもワンマン」
スクールバッグからゴソゴソ、それを取り出した。
「チケットとった」
「あ……へぇ……自慢ならTwitterでやれば」
「俺と允の分」
窓側に顔を背けていた允は勢いよく槇哉の方を向いた。
「はあ?」
「もしかして。もう獲得済み?」
「なんで俺とお前の分? は? なに? 急すぎてビビる」
「まだチケット取ってないんだよな? 六月の☓☓日、土曜日な、場所はほら、海際の☓☓パーク」
ガタンッッ
イスが後ろに倒れそうな勢いで立ち上がった允は槇哉の胸倉を掴んだ。
周辺の生徒がびっくりし、彼らの驚きが他の生徒にも伝わって、二人はクラス中の注目を浴びる羽目に。
「むっちゃんと有原、朝一でケンカ? ドラマの見過ぎだってば」
「あああッ、悪いッ、もしかして金曜のカラオケ代のことッ? 途中で有原帰ったから誤魔化せるかな~って、悪ぃッ、今払うからッ」
すぐさま駆け寄ってきた三池と山倉に、自分の胸倉を掴んでいる允の両手に両手を添え、槇哉は首を左右に振った。
「大丈夫、みんなごめん、何でもないから」
そう声をかけ、そのまま允ごと廊下へ出た。
朝礼まで残り数分、登校してきたばかりの生徒もいれば、クラスの違う友達同士が話していたり。
槇哉はわざわざ階段の手前まで移動してから「あんなことしたら、みんなびっくりするだろ」とやんわり注意した。
掴まれた片腕もそのままに大人しくついてきた允は、俯き、長めの前髪で表情を隠してポツリと呟いた。
「マキちゃんがいきなりトンチンカンなことするから」
「ライブ、行きたくなかった?」
「お金ねーもん」
「俺が出すよ」
「マキちゃんに奢られんのヤダ」
「金曜の放課後、允に悪いことしたから」
允は、やっと槇哉の手を振り払った。
「カノジョと行けばいーだろ」
痣もキスマも、今日はない。
自戒の念を簡単に放り投げ、第一ボタンを外し、制服シャツを腕捲りした允の肌をチェックしてしまった槇哉。
「その辺の趣味は合わないから」
「……」
「ビビらせてごめん」
「別、ビビッてない」
「さっき教室で言っただろ、ビビッたって」
「うるさ」
「なぁ、允、あのさーー」
「だから、うるさい、それ以上口開くな」
予鈴が鳴り渡る。
廊下から生徒の数が次第に減っていく。
数人の上級生が急いで階段を駆け上がっていった。
「教室戻ろうか」
「並んで戻る必要ない」
「みんなに仲直りアピール」
允は鼻先で苦笑した。
「……俺の方も」
「うん?」
「マキちゃんのことビビらせてごめん」
槇哉より先に歩き出した彼は特に躊躇することなく教室に戻り、オロオロしていた山倉に「ごめん、有原ぁ……」と謝られると「マキちゃんブチギレてっから」と嘘をついていた。
「むっちゃん、ブチギレ中なん?」
「まさか」
席に着いた槇哉は心配する三池や他の友達に「何でもないから」と言って聞かせ、何も知らない担任が入室し、クラスメート一同起立による挨拶はちょっとだけ浮ついたものになった。
ビビったというか。
スクールバッグの中身を引き出しに移し替えていた槇哉は、窓辺の机に置きっぱなしになっていた二枚のチケットを繁々と眺めている允を横目で見、思う。
胸倉を掴まれたとき、久し振りにマトモに允の顔を見たかもしれない。
確かに昔と変わったかもしれない。
きれいとか、色気とか、その辺はよくわからなかったけれど。
高校生になった允はああいう顔するんだ……な。
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