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SATURDAY,JUNE ☓☓ at ☓☓ PARK-7

夜中の公園のブランコに二人はまた並んで座っていた。 「マキちゃんのせいでスマホ壊すとこだった」 先程、うっかり草むらに落としたスマホを両手で持って允は呟いた。 「ごめん」 「近所の人に見られたらどーすんだよ」 槇哉は隣に視線を向けた。 着信はすでに切れ、暗い画面をひたすら見下ろしている允の横顔を見つめた。 「不審者いますって、通報されたかもよ」 自分より丈の長い黒髪に手を伸ばす。 ひんやりした手触り。 指先をほんの少しだけ沈め、梳いてみた。 「髪、伸びたな」 「それ、いつの頃と比べて言ってんの、つぅかいきなり髪触るとかビビる」 雨上がり、湿気を含んで空気が重たげな六月の夜。 「マキちゃん、どーいうつもりで俺にあんなことしたんだよ」 髪に触れる槇哉の手を振り払おうとはせず、允は、頑なにスマホに視線を縫いつけていた。 「一年以上付き合ってるカノジョがいるマキちゃんは、今、どんな気持ちで俺の髪に触ってんの」 肌にじっとり纏わりついてくるような夜気に赤茶けた鎖の錆びついた匂いが紛れる。 「俺さ、マキちゃんと同じ高校受かって、あのコは女子高に進むって聞いて、安心してたんだよな」 同じ中学に通っていた槇哉のカノジョのことを允も知っていた。 当時より幼馴染みに向けられていた好意を本人よりも把握していた。 「やっと離れられる、そう思ってた。でも入学式で、春休み中に告られて付き合うようになったって聞いて、びっくりした」 ショックだった。 無防備でいたところを鈍器で思い切り殴りつけられたような気がした。 「何気にこっ酷く俺のこと傷つけておいて、あのコと仲よく付き合うんだって、セックスするんだって、この偽善者ヤローって、毎日心の中で罵った」 いつからか芽生えていった幼馴染みへの想い。 誰にも打ち明けられずに頑なに胸の内に隠していた、しかし知らなかったとはいえ槇哉に裏切られた気分で、毎日虚しくて、自暴自棄になった。 出会い系で知り合った数人の男と体を重ねた。 ぽっかり空いた心の穴を埋めたくて。 でも穴はなくなるどころか深くなっていくばかりだった。 「マキちゃんのことが好きだよ」 允の黒髪を梳いていた槇哉の手がピタリと止まった。 「允だって今付き合ってる人がいるだろ」 反射的に零れ出た問いかけ。 「別に、真面目に付き合ってるとかじゃない、テキトーな関係だよ」 「嘘だ」 やっと允は槇哉を見た。 いつもみたいに鬱陶しそうに幼馴染みを睨んできた。 「何を根拠に嘘って言い切ってんのかなぁ、マキちゃんは」 「俺、カラオケで見たんだ」 「いつの話してんの?」 「四月にみんなでカラオケ行ったとき、階段で電話してただろ。あのときの允の顔、あんな表情、今まで見たことなかった。俺が知らない顔してた。心底好きな相手と話してるようにしか見えなかった」 槇哉の話を訝しそうに聞いていた允は不意に勢いよく顔を背けた。 「允」 「バカだなぁ、マキちゃんは……ほんとバカ……ガチでバカかよ……」 何回もバカ呼ばわりして、梳かれていた髪を自らぐしゃぐしゃに掻き乱し、吐き捨てるように早口で言った。 「あんとき☓☓☓の曲歌っただろ」 途中退席されてショックを受けていた槇哉はちゃんと覚えていた。 「うん。允、途中でいなくなってた」 「あれは、さ……あーーー……えーーー……」 「?」 「クソッ……耐えらンなかったんだよ……」 「だから、嫌だったんだろ、俺が歌うとこ見るのも」 「ッ……じゃなくて……違ぇよ……バカ……」 マキちゃんがかっこよすぎて正視できなかった。 「……」 「初期アルバム収録の、あんなどマイナーな曲、みんなの前でさらって歌って、むり過ぎた、英語ンとこウマすぎて鳥肌立った」 「……ありがとう」 「ありがとう、じゃねーよ……最後まで聞いたら死ぬと思って逃げた……そしたら電話がかかってきて……」 気がつけば允の耳は真っ赤になっていた。 「あんときの顔は、その人に対してじゃないからな……マキちゃんの歌に気持ちが高まってただけで……」 「キスさせて」 允は真っ赤になった自分の耳を疑った。 背けていた顔を思わず向ければ、赤茶けた鎖を両手で握った、上半身を乗り出し気味の槇哉が真摯な眼差しでこちらを見つめていた。 「允にキスしたい、明日」 「あ……明日……?」 「俺、明日、カノジョと別れる」 「……」 「今日のライブで允のこときれいだと思った」 「は……?」 「すごくキスしたいって思った」 鼓動が一気に爆走した。 じめじめした夜に全身がカッと熱くなった。 「今も思ってる」 聡明な目に真っ直ぐ見つめられて、そんなことを言われて、允は心臓が止まるんじゃないかと思った。 「マキちゃん……」 何も知らない槇哉と昔と同じ関係でいるのは確かに苦痛だった。 叶うはずのない想いが深まっていくばかりで、つらかっ……。 「俺も允のこと好きだから」 マキちゃん、俺、明日までどうやって過ごしたらいいんだよ。

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