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SATURDAY,JUNE ☓☓ at ☓☓ PARK-8
日曜日の昼下がり、自分以外誰もいない自宅にチャイムが鳴り渡り、允の心臓は口から飛び出てきそうなくらい跳ねた。
「お邪魔します」
「はぁ、どーぞ」
「久しぶりに来た、何年振りだろう」
「早く上がれ、鍵かけるから」
歩いて五分以内のご近所さんである槇哉は有原宅を懐かしそうに見回している。
食品商社の事務職に就く父親は隔週日曜出勤中、看護師の母親も病院に出ており、七つ上の姉はすでに家を出て自立していた。
「何か飲む」
「買ってきたからいいよ」
昨夜はあまり眠れず、上の空で午前中を過ごしていた允は槇哉を二階の部屋へ案内した。
「シホちゃん、元気にしてるの」
「してんじゃないの」
一体、いつ、どのタイミングでマキちゃんは俺にキスするつもりだ。
ただでさえ緊張してるのに、意識すると、もっと緊張してくる。
イチイチ意識したくないのに……いや、するよな、して当然だ。
ずっと好きだったマキちゃんにキスされるんだから、
「あ」
部屋に入るなり槇哉が声を上げ、允はドキッとした。
「これ、ステッカー、貼ったんだ」
カラーボックスの側面に貼りつけられた、昨日のライブで買ったステッカーを槇哉は指差し、前にいた允は心臓をバクバク鳴らしながらも平静を装って素っ気なく頷いた。
「ん」
「俺も買えばよかった」
マキちゃん、ほんとにカノジョと別れたんだろうか。
ちゃんと会ってから話をするって言ってたけど、その場で泣かれたりしたら、お優しいマキちゃんのことだ、決心がグラついて、有耶無耶になったりしたんじゃあ……。
「別れてきた」
急に耳元で待ち構えていた回答を得られたかと思えば。
昨夜の公園のときのように後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「ッ……マキちゃん、なんでそう急なんだよ……?」
不意討ちの連続に心臓が早鐘のように打ち、息苦しくて項垂れた允に槇哉は正直に答える。
「わからない」
「はぁ……わからない、ですか……」
「允のことになると、俺、色々わからなくなることが多い」
「なんだよそれ……未確認生物じゃあるまいし……」
予感がしていたと、今日、槇哉はカノジョに言われた。
ここ最近、会っている間も上の空でいることが多く、他に関心が向いていることに気づいていたと。
自分以外に好きな人ができたのでは、と。
「……俺も、その辺、整理したから」
Tシャツにハーパンという普段着でいた允は、半身をじんわり圧迫する槇哉の両腕に胸を痺れさせつつ、言った。
「マキちゃんみたいに面と向かってじゃないけど、メールして、もう会わないって伝えた……うわッ?」
いきなりグルンと体の向きを変えられて允はぎょっとし、向かい合ったところで両肩をぐっと掴まれ、猛烈にドキッとした。
「どうしてわざわざ結婚してる人を相手にした?」
その問いかけをぶつけられると猛烈にむっとした。
「お互いテキトーな関係希望だったし、別に敢えて選んだわけじゃない、家庭持ちってことは後から知ったし」
「テキトーな関係でも家族が壊れるかもしれなかった」
「上から目線の説教やめろ」
「それ、前にも言われた、こっちはただ話してるだけなのに」
「俺の保護者じゃあるまいし」
半袖の襟シャツにグレーのチノパンを履いていた槇哉は吐き捨てられた台詞に丁寧に頷いた。
「うん。俺と允は幼馴染みで。今日から好き同士だよ」
そう言ってしかめっ面のまま頬を紅潮させた幼馴染みにキスをした。
初めて二人きりで遠出して野外ライブへ行った日の帰りだった。
「はーーーー……初披露の新曲、ナマで聞けるとか、俺らのテンションどれだけ上げるつもり……周りからめちゃくちゃ足踏まれたけど、あれもあれでイイ思い出……」
快速に走行する高速バスの後ろ周辺の席、窓際のシートでライブのテンションが冷めやらない允は、ふと黙り込んだ。
肩に緩やかに落ちてきた頭。
隣のシートで槇哉が眠っていた。
「マキちゃん」
「……ん……」
夜遅い便の車内は静かだった。
カーテンの合わせ目からは点在する照明灯の明かりが滲んでいた。
允も槇哉の方へ身を寄せて目を瞑った。
ライブ後の興奮とはまた別の、鮮やかな昂揚感に胸を躍らせて、眠る幼馴染みの温もりに身も心も傾けた。
こんなに幸せな夜、この先、きっとない。
この世界がずっと終わらなきゃいいのに。
あの夜を越える幸福感に允は感嘆した。
「マキちゃん……」
白とグレーに統一された寝具、パイプベッドに仰向けになって、自分に覆い被さる槇哉を見つめた。
互いの唾液で濡れた唇。
しばし息継ぎも忘れて夢中になって、離れた今、掠れた呼吸を繰り返していた。
「もっと……」
自ら再開に至った允は槇哉を抱き寄せた。
抱き締めるだけじゃ物足りず、力ずくで位置を交代、ベッドに押し倒した彼に乗っかると一度目よりも欲望塗れのキスに溺れた。
頻りに唇を開閉させては舌先を繋げた。
擦り合わせ、水音を立てて絡ませ、上擦る吐息も共有して、大胆に濡らし合った。
「ん……ぅ……っ」
槇哉の五指に黒髪を掻き乱されて允は喉を鳴らした。
目蓋を持ち上げてみれば薄目がちでいた幼馴染みと目が合った。
見つめながらキスする。
また鮮やかな昂揚感が新たに生まれて頭の奥が溶けていくような気がした。
全然、足りない、もっとほしい。
もっとマキちゃんがほしい。
「允……」
口内に溜まっていた二人分の微熱を呑み込んで自分の名を呼んだ槇哉に、允は、長い睫毛を伏せて見惚れた。
掻き乱されたばかりの髪を優しく梳かれると気持ちよさそうに目を瞑った。
口元を掠めた親指を、かぷ、と甘噛みする。
次に指の先に軽く吸いついた。
「マキちゃんは俺のだっていうマーキング」
最後にもう一度甘噛みし、唇を離した允は、多くの人間から好印象を抱かれる整った顔立ちをした槇哉の顔を両手で挟み込んだ。
「とりあえず二人でセックスしてみる……?」
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