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SATURDAY,JUNE ☓☓ at ☓☓ PARK-13
最悪のケースもあるかもしれないと、もしもの事態を想定し、幼馴染みを守るつもりでいた槇哉だが。
「このウソツキ野郎ッ、一発殴らせろ……!!」
「允、落ち着け」
大いに激昂した允を宥めて逆に相手を守る羽目になった。
土曜日の昼過ぎ、場所は初訪問となるカラオケ店だった。
午前中は仕事だったというスーツ姿の彼は向かい側のソファに座り、アイスコーヒーを飲んでいた。
憤慨してテーブルを乗り越えようとしている允ではなく、後ろから羽交い締めにして凶行を食い止めている槇哉に笑いかける。
「マキチャンはイイコの優等生なんだね」
自然なブラウン系に染められた髪をセットし、腕捲りしたワイシャツにノーネクタイ、ブランド物の時計にビジネスバッグ。
医療機器会社の営業マンでナカミチと名乗った色白の男。
直近の相手であった彼にどうしてこんなに允が怒っているのかと言うと。
「結婚してない? 奥さんも子供もナシ……? この虚言癖サイコ野郎……」
まだ殴りたそうにしている允の気持ちはわからないこともなく、悠然と笑っているナカミチを幼馴染みの頭越しに槇哉は真っ直ぐ見据えた。
「そう言っておいた方が、ミツル君、気を許してくれるかと思って」
「はあ?」
「後腐れしないテキトーな関係を希望していたから、家庭のある既婚者だと有利かな、って」
ナカミチは左の薬指にはめているフェイクのリングをトントン小突いてみせた。
クソが、と吐き捨てた允は、今度は自分を羽交い締めにしている槇哉を睨んだ。
「離せ」
八つ当たり気味に舌打ちまでされた槇哉は允を離した。
解放された允は、一人、大股歩きで喫煙ルームを出て行った。
よって初対面同士が残された。
「羨ましいな、マキチャン」
タバコを取り出して火を点けたナカミチを槇哉は立ったまま見下ろした。
「あんなに抜群に感度のいいミツル君を独占できるなんて」
画面に流れる宣伝や隣室の歌声で小うるさい部屋に紫煙が舞い上がる。
「もう允に会うなよ」
黒のキャップをかぶった槇哉はソファに座ろうとはせず、二十代後半と思しきナカミチに言い放った。
「嘘までついて執着していたアンタには悪いけど、今、俺のだから」
「そんな目の敵にしなくても。おじさん、二人の邪魔するつもりはないから。ただマキチャンのこと見てみたかっただけで」
「アンタがマキチャンって言うなよ、気持ち悪い」
長い指にタバコを挟んで足を組んだナカミチは、突っ立ったままでいる槇哉に笑いかける。
「激オコなマキタン、かわい」
「………………」
「マキタンがおじさんのお願い、一つ、叶えてくれたら。二人の前からドロンしてあげましょう」
「………………」
二階フロアの突き当たりで数分ほど頭を冷やし、部屋へ戻ろうとした允は、扉を勢いよく開くなり通路へ飛び出してきた槇哉にたじろいだ。
「マキちゃん?」
キャップのツバで表情が見えなかった幼馴染みに手首を掴まれて「帰ろう」と言われ、そのまま階段方向へ引っ張られる。
扉が独りでに閉じる間際、室内のソファに腰掛けて悠々と手を振っていたナカミチを一睨みしておき、允は槇哉と共にその場を去った。
「男子高校生 って堪んないな、さーて、せっかく二時間とってるしヒトカラでも堪能するか」
午前中はデスクワークのためノーネクタイで出社し、明日もお休みの営業主任・中路(32)がのらりくらりしている間に二人はカラオケ店の外へ。
「マキちゃん、俺らの傘、部屋におきっぱ……」
中路の元へ戻るのは嫌で雨の降り頻る雑踏へ。
生温い雨滴に肩を濡らし、通行人を避けもせず次から次にぶつかる槇哉に、允は訝しそうに眉根を寄せた。
「マキちゃん、どーした? ナカミチさんに何か言われたのか?」
ずっと掴まれている手首が痛くて。
でも嫌じゃなくて。
「おい、マキちゃん」
曇り空の下、多くの通行人が傘を差して足早に行き交う街角で槇哉は足を止めた。
「キスした」
允はただでさえ大きめの双眸を限界まで見開かせた。
「したら、もう允にちょっかい出さないって、そう言うから」
「……マキちゃん、俺がいない間に何勝手なこと、」
「允だって同じだろ」
濡れていく邪魔くさい前髪を邪険に掻き上げ、允は、槇哉の胸倉を荒々しく掴んだ。
「舌は!? 舌入ったのか!?」
数人の通行人に視線を向けられても允は止めなかった。
「おいッッどーなんだよッッ!!」
「入った」
事も無げに答えた槇哉に苛立ちが加速する。
「クソッ、腹立つッ、あ゛ーーーーッッ」
「あんまりうるさいとお巡りさん来るよ」
「あ゛あ゛あ゛ッ、お前なぁッ、なんで雨の日にキャップかぶってんだよッ、日除けの意味ねーだろーが! クソ腹立つ!」
苛立つ余り暴走気味な八つ当たりをキャップへぶつけてきた允に槇哉は笑った。
「なんか、ガキだったなぁ、俺」
槇哉自身だって腹が立っていた。
余裕綽々の物腰を見せつけてくる年上の男に幼稚な反抗、紛れもない嫉妬に頭の中をぐちゃぐちゃにされて。
『キスさせて?』
向こうの言いようにされたも同然だ。
「ヤキモチって、こんな感じなんだ」
幼馴染みが少しでも濡れないよう、自分のキャップを黒髪頭にかぶせ、槇哉は「百均で傘買おう」と強まる雨足に首を竦めた。
「いらない」
槇哉は三センチ低い允を見下ろした。
「このままデートしよう、マキちゃん」
ゆったりめオーバーサイズでストライプ柄のシャツを着た、ツバで目元を隠した幼馴染みの、いつになく色づいて見える唇が動くのをぼんやり眺めた。
「ラブホ行こう」
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