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いぢめさせて平凡くん?/隠れむっつり黒髪眼鏡+溺愛パツキンヤンキー×平凡くん

「なんでこんな羽目に」 高校一年生の斉木晴樹(さいきはるき)は男子トイレの奥個室で何とも弱々しげに呟く。 夕方六時を控えた放課後だった。 帰宅部生徒らはほとんど下校し、部活生がそれぞれ熱心に活動に励んでいる中、浮かない顔で蓋をした洋式トイレに腰かけていた。 私立の男子校であり、特に優等生でも劣等生でもない晴樹は薄いブルーの長袖シャツのボタンを上まできちんとかけていた。 同様にだらしなく緩むことなく締められたネクタイ。 下半身に制服ズボンは見当たらず、明らかに女の子向けと思われる、ピーチ色の総レース紐パンティを履いていた。 「ありえない」 三十分前の出来事を思い出して晴樹は何度目かもわからないため息をつく。 『コレ履いて出てくるまでウチに帰さねーからな』 女の子向けランジェリーを好んで身に着ける趣味はない。 無理やりズボンを脱がされてボクサーパンツ一丁にされ、この紐パンを投げつけられ、着替えてくるよう命令されたのだ。 『ハレルが着替えてくるまでズボン預かっといてやるわ』 最も苦手なクラスメート・パツキンヤンキーの西條聖(さいじょうひじり)から。 『おーい、ハレル、そんなご立派な名前ついてんだからさ、この雨何とかしてくんない?』 『教科書忘れたからハレルの教科書ちょーだい。は? 自分も同じ教室で同じ授業受けてる? ふーーーーーーん? だから?』 『ハレルだっっっっさ』 高校一年生ながら小学一年生みたいな意地悪を日々繰り返す西條に晴樹は困り果てていた。 入学式早々、名前順で決められた席で後ろになって以来、彼に目をつけられ、ずっと続いているイヤガラセにどうしたものかと頭を悩ませていた。 『コレ、ヤリ友ちゃんからわざわざもらったんだよ、ハレルにプレゼント、今すぐ着てみ』 さすがにこれはいただけないよ、西條くん。 「帰りたい」 面倒ごとを嫌い、無難な日常をこよなく愛する晴樹にとって、西條は災いだった。 自分からはたらきかけて鎮静化をはかるのも気が引けて、パツキンヤンキーが自然と興味を失うのを待っていたのだが、日に日にイヤガラセはエスカレート、そしてこの有り様だ。 「さすがにこのカッコを見られるのはツライ」 西條とそのヤンキー友達らにズボンを奪い取られ、ボクサーパンツ一丁でトイレへ駆け込み、仕方なく紐パンを着用したものの、廊下を進んで教室へ戻るのはむりむりむりむり、途方に暮れて個室に引きこもったわけである。 このままズボン持って帰られたら、それもそれで困る。 「ん?」 西條くんが待ち疲れて飽きて帰る、そのタイミングを見計らって、ダッシュで教室へ戻って、ジャージに着替えればセーフじゃない? 「なるほど」 せめてスマホがあれば時間潰せたけど、今は鞄の中、うーん、仕方ない。 だけどなんでここまでするかな、西條くん。 普段の下着より露出度が高く、ひんやり冷たい蓋に居心地悪そうにお尻を預け、何度目かもわからないため息をつこうとした晴樹だったが。 トイレに誰かが入ってきた。 西條か、そのヤンキー友達かもしれないと、緊張していたら。 「晴樹、いるのか?」 あ、この声は。 「伍藤くんっ?」 クラスの名前順で自分の一つ前、何かと気にかけてもらっている伍藤潤汰朗(ごとうじゅんたろう)だとわかって、晴樹は思わず立ち上がった。 「ど、どうしたの、なんでおれがいるって……?」 「教室に荷物取りにいこうとしたら、西條が取り巻きに話してるのが聞こえて。本当、あいつ下らないことするな」 よかった~~。 伍藤くんって、教室で一番落ち着いてて、大人びてて、西條くんとは真逆で、頼りになるクラスメートで。 伍藤くん来てくれてほんとよかった~~。 「いや、待てよ」 このカッコを見られるのは、ちょっと、さすがに。 「晴樹、何か言ったか?」 「あ。えーと」 「お前、今、下履いてないんだってな」 「あ、ハイ。え、いや」 「どっちなんだ」 「あーーーー……西條くんにズボンとられちゃって……なんか……女の子のぱんつ渡されて」 「女の子のぱんつ、か」 「ソレ履いて出てきたら、ズボン返してやるって言うから、一応履いてみたけど」 「女の子のぱんつ履いたのか」 ドアの向こうで小さく笑った伍藤に晴樹は赤面した。 「履きましたよ、だってズボン返してもらわなきゃ帰れないし、でもこのカッコで出てくとかやっぱりむり、おれどうしたらいいと思う、伍藤くん」 決定権を他人に委ねがちな晴樹は鍵をかけたドア越しに、しっかり者の伍藤に救いを求めた。 「晴樹、とりあえず出て来てくれる」 え。 おれの話ちゃんと聞いてたのかな、伍藤くん。 出てくのむりって言ったハズだけど。 めちゃくちゃ厚かましいけど、できればおれのジャージとってきてくれたら助かるんだけど。 何ならズボン取り返してくれたら感謝感激なんだけど。 「出て来てくれたら俺のジャージ貸すから」 なんで交換条件つけるの。 無償の優しさ求めたらだめですか。 「晴樹がそんな恰好してるって、おもしろい」 おもしろがらないで、おれの窮地。 はぁ、でも西條くんらにぎゃーすかばかにされるより、伍藤くんだけに笑ってもらった方がまだマシか。 はぁ、仕方ない。 どっちを選んでもあんまりよろしくない二択を天秤にかけ、マシな方を選んだ晴樹は、覚悟を決めた。 カチャリと鍵を外す。 細く、細くを心がけ、用心深くドアを開いた。 「じゃあ、ジャージの……お恵みを……お願いします……」 ドアの向こうに立つ、黒髪の、黒縁眼鏡をかけた、背の順だと高いゾーンに入る、長袖シャツを腕捲りした伍藤をドアの隙間から恥ずかしそうに見上げた。 なーんて特徴はない、どの教室にもいそうな、顔も体型も成績も平均まっしぐらな男子生徒、そんな晴樹の紐パン姿を目の当たりにした伍藤は。 まるで悪徳訪問員さながらに細い隙間から個室の中へ有無を言わさず押し入ってきて。 「え、え、え?」 びっくりしてキョトンする晴樹に、恐ろしく板についた壁ドンを披露し、伍藤は笑った。 「もっとちゃんと見せて」

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