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リバって愛して-4
三学期、二月中旬。
日曜日にバレンタインデーが迫る金曜日。
「緒方、ハイ、チョコあげる!」
昼休み、教室で昼食をとっていた緒方は友達の佐藤にチョコレートを手渡された。
コンビニでも購入できる何の変哲もないビターの板チョコ。
「ちょちょちょ、なにその態度っ?」
カレーパンを食べていた緒方が無言で受け取れば不服そうに頬を膨らませて腹を小突いてきた。
「食事中の人の腹を殴るんじゃねぇ」
「朝、遅刻しそうだったとこ、コンビニ駆け込んで買ってきたのに!」
「やっぱコンビニかよ」
「てことでホワイトデーよろしくねっ」
ちゃっかりしている佐藤に念を押されて緒方は肩を竦めてみせた。
向かい側で黙々と食事をとる同級生の阿南と三里、イベントにとことん無頓着ときている二人は緒方と佐藤のやりとりをぼんやり眺めていた。
「みんなで分けて食うか」
「ちょちょちょ、もう食べちゃうのっ? もちょっとチョコもらった余韻とか味わったりしないのっ?」
不満を募らせる佐藤を無視して取り出した板チョコを銀紙越しに割ろうとし、緒方ははたと顔を上げた。
「阿南はビターとか苦手か? お前平気でアイスココアにケーキ合わせて食ったりするよな?」
「……ビターも嫌いじゃない、緒方」
緒方と阿南の些細なやりとりを目の当たりにしてニヤケ顔と化した佐藤。
「三里三里っ、わたし達お邪魔みたいっ、購買にでも行こっか!」
「うぜぇ、うるせぇ」
「いだだだだッ、頭グリグリすんなっ!」
ぎゃーすか騒ぐ佐藤、からかう緒方、がたつく机からペットボトルが落ちないよう支える阿南、マイペースに黙々と食事をし続ける三里。
そこへ。
「阿南くん、ごめんね、ちょっといい?」
緒方のクラスで昼休みを過ごしていた彼らの元に一人の女子生徒がやってきた。
緒方のクラスメートである彼女は自分の友達が呼んでいると阿南に告げた。
阿南が席を立てば廊下へと速やかに連れて行き、その姿は教室から見えなくなった。
「え……えぇぇぇえ?」
露骨に反応したのは当然佐藤だった。
「なに、今の。今のなに!?」
興奮している彼女に三里は首を傾げる。
「用事があったんだよね。さっきの人の友達が阿南君に」
「いやいやいやいや。今の、完全、アレじゃない? なんかアレじゃないっ?」
「?」
前下がりの髪をサラリ靡かせてキョトンする三里、今にも鼻息を荒げそうなくらいテンションの上がっている佐藤。
板チョコを四等分し終えた緒方は、傍目には通常運転に見えたが、その胸中は。
今日じゃなかったらこんなに引っ掛からなかったかもしれない。
でも、今日だから、引っ掛かる……。
……いや、今日じゃなくても引っ掛かる、こんな呼び出し目の前で喰らって落ち着いていられるわけがねぇ。
去年の夏休み、それまで友達の一人だった阿南と付き合い始めていた緒方は内心苛立ちにも似た焦りを抱いていた。
「お、緒方、だいじょーぶ……?」
阿南との関係を知っている佐藤に心配されて、胸の内に湧き上がった苛立ちを刺激された緒方は「何が」と低い声で返事を。
先程までの和やかだった雰囲気が打って変わって余所余所しくなってヒンヤリ化した。
間もなくして阿南は教室に戻ってきた。
予想通り、明らかにチョコレートが入っているだろう小さな紙袋を片手に提げている。
阿南を廊下へ連れ出した緒方のクラスメートは自分のグループへ戻り、阿南も元の場所へ、緒方達のいる席へ帰ってきた。
そして何の報告もなしに食べかけのパンを頬張り出した。
緒方の苛立ちも知らないで。
隣で緒方の苛立ちをひしひしと感じている、中学時代からの友達である佐藤、本当は興味津々、誰にチョコをもらったのか聞きたくて堪らなかったが、ぐっと我慢している。
わざわざ人目につかないところで、友達を通して呼び出して手渡す、きっと本命チョコに違いない……。
「阿南君、その紙袋誰にもらったの?」
マイペース三里が爆弾を投下した、懸命に我慢していた佐藤はブハァッと盛大に噴き出した。
「……さっきの、緒方のクラスメートの、友達に」
「知ってる人?」
「……あんまり」
「何か言われたの?」
「あわわわわ、み、三里、もういーんじゃない? その辺で爆弾連続投下するのやめとこ?」
「……キャプテンになって、すごいって、先月の新人戦も見にきてたらしい」
上級生が引退して新キャプテンに選ばれていた二年の阿南はそう言うと。
机上に置いていた紙袋をゴソゴソしていたかと思えば、丁寧にラッピングされた、そう、手作りチョコレートの入った箱を取り出して。
「……コレもみんなで分けて食べるか」
思わせぶりなシチュエーション、そして手作りだとわかって本命チョコだと結論付けていた佐藤はぎょっとした。
緒方はと言うと。
「お前、バカか、阿南」
苛立ちが頂点に達していた。
「お前そういうとこあるよな、気配り足んねぇっていうか」
ヒンヤリ化していた空気が険悪ムードへと悪化し、一人あわあわする佐藤、午後一の授業は何だったかとぼんやりする三里。
「自覚ねぇ分、タチ悪ぃよな」
「……緒方、怒ってるのか?」
「あ、阿南、ソレさ、わたし達は食べちゃいけないと思うんだ」
佐藤がそう言えば阿南は止めの一発を緒方に向けて放った。
「……返してくればいいのか?」
俺のことそんな女々しい奴だと思ってんのかよコイツは。
「自覚ねぇからって何人足蹴にしてんだよ、テメェは」
「……そんなつもりは、」
「してんだよ、お前みてぇに周り全員図太いワケじゃねぇんだよ、そんなんでキャプテン務まんのかよ、つぅか人間務まんのかよ」
「お、緒方、言い過ぎじゃ、」
緒方は立ち上がった。
イスを後ろに引っ繰り返すような、そんな青臭い真似には至らなかった。
「お前、苛々するわ、阿南」
そう言い捨てて教室を足早に大股で去った。
窓の外に広がる空は嫌味なくらい青かった。
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