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リバって愛して-5

夜の帳がすっかり下りて暗くなった空。 部活を終えた阿南は一年生が片づけに励む中、同級生のチームメートと共にバスケ部専用部室へ戻った。 「お先にです、阿南センパイ」 そして大体いつも最後の一人になる。 何となくぼんやりのろのろしていたら、てきぱき一年生が片づけを終えて自分より先に着替えを済ませるので、見送る側になる。 「お疲れ」 壁際にずらりと並ぶロッカー、ミーティング用に設けられた長テーブルと複数のパイプイス、雑然とした部室で一人相変らずのんびりな阿南。 そこへ。 「よぉ、お疲れ、阿南」 てっきり忘れ物をした後輩が戻ってきたのかと思いきや、ドアから顔を覗かせた緒方を見、頭からかぶったタオルの向こうでブルリと震えた阿南の双眸。 「お前、まだ着替えてねぇのかよ」 初めて部室を訪れた緒方は部員達の熱気が残る室内に足を進め、どこか懐かしそうに視線を巡らせた。 「中学ん頃、思い出すわ」 「……また始めればいい」 「三年からかよ? そんな」 一端下校し、佐藤や三里と放課後を過ごしていたが、緒方は学校に戻ってきた。 ブレザーにセーター、マフラーを巻いていた彼は小さく笑い、まだ練習着のままの半袖阿南の元へ歩み寄った。 「昼、言い過ぎたな」 昼休み後、一度も顔を合わせていなかった阿南の、ほぼ同じ高さにある双眸を見つめる。 「悪ぃ」 「……俺も、悪かった」 「何が悪かったかわかって言ってんのか?」 「……わからない」 素直に答えた阿南に緒方は苦笑した。 「相手の気持ち、もっと考えてやれよ」 「……気持ち」 「お前にチョコ渡す一瞬のため、どれだけ緊張して、どれだけお前のこと考えたか、どんな思いで材料揃えて作ったか、とか」 「……うん」 「それを俺らに食わせるとか、相手への冒涜だと思うぞ」 苛立ちの発端は単なる嫉妬だったが。 それは言う必要もねぇ、と、緒方は黙っておくことにした。 「……俺、キャプテン失格かもしれない、緒方」 今度は緒方が双眸をブルッとさせた。 常日頃淡々としている、あまり感情に左右されない阿南が自分の言葉を引き摺っていたとは意外だった。 他の運動部員も帰宅して静まり返った体育館棟の片隅、壁にかけられた時計の秒針がいやに大きく響いて聞こえた。 「お前は試合がどれだけ劣勢になっても自分を見失わない、いつだって客観的に現状を把握できる、だからチームに的確な指示が出せる」 緒方の言葉に阿南はポツリと返事を。 「……お前こそキャプテン向きだ」 緒方は笑った。 照れ隠しに阿南に背中を向けて肩を竦め「早く着替えろ、外で待ってっから」と言い残して足早に部室を去ろうとした。 ふわりと落ちたタオル。 弾むボールを追うように俊敏に伸びた腕。 「好きだ、緒方」 いきなり背後から阿南に力強く抱きしめられて耳元で今更ながら告白されて。 緒方は柄にもなく赤くなった……。

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