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眠れる森の美男子と二人の魔法使い/美男子+男前×優しい

イバラの砦に彼は眠る。 「どんな夢を見ているのでしょうね」 半永久なる眠りの魔法を彼にかけた当の魔法使い、シャルトリュスは優しげな笑みを浮かべて呟いた。 トゲつきの鋭い蔦が縦横無尽に這う、眠れる彼以外に誰一人住人のいない城。 とっくの昔に光を絶やしたシャンデリアは蜘蛛の巣だらけ。 火の熱さを忘れた暖炉に巣食うは凍てついた暗闇のみ。 どこもかしこも朽ちかけた荒城において彼が眠る塔の最上階だけは整えられていた、それはそれはラグジュアリーでドレッシーでエレガンスな空間に。 「また子守りに来てるのか、シャル」 彼が眠る天蓋つきのベッドに両腕を乗せてニコニコしていたシャルトリュスは振り向いた。 いつの間に背後に精悍な顔立ちをした男が立っていた。 男の名は「隻眼の魔法使い」として各大国に名を馳せる上級ウィザードクラスのラグドル。 左目蓋に縦一文字に走る傷跡も特徴的だが。 しなやか逞しい長身痩せ型筋肉質の超絶モデル体型でロングジャケットを着こなし、まことに()えるスタイル、いつなんどきどこにいようと女性陣の注目を集める。 ワイルド感満載なレザーパンツと紐ブーツを纏う足は嫌味なくらい長ったらしい。 人に寄っては下手すれば若白髪に見間違われるシルバーアッシュの短髪頭がオサレにキマっていた。 「君だって、私がここに来る度に顔を見せるじゃないですか。ひょっとしたら私よりも君の方が頻繁にこの城を訪れているんじゃないですか?」 なまっちろい肌。 無造作風ゆるふわウェーブがかかったセミロングの黒髪。 丸眼鏡に地味な黒ローブ。 二十代半ばに見える外見をしたラグドルよりもいくつか年上っぽい、落ち着いた雰囲気のシャルトリュス。 落ち着いているのもそのはずだろう。 御年数百歳、超上級ウィザードクラスにあられるのだから。 「コイツは殺すべきだったんだ」 先程のシャルトリュスの問いかけを無視したラグドル、物騒なことをのたまった。 「俺が十六で死ぬ呪いをかけてやったのにアンタが余計な魔法を仕掛けやがって、こんな七面倒なことになった」 自分の隣に立ち、乾いた眼差しで眠り人を見下ろすラグドルに、調度品のイスに腰掛けたシャルトリュスは微苦笑した。 眠り人の名はペルシア。 禍々しい「破滅の力」をその身に宿して彼はこの世に生まれ落ちた。 「破滅の力」が開花するのは十七の誕生日を迎えたとき。 ラグドル、そのほか数名の国仕えのウィザードらはある人物から情報を齎され、誕生を祝う宴へ乗り込み、せめてもの慈悲をかけて「十六の誕生日の日没までに死す」という強力な呪いをかけた。 そんな強力な呪いを、さらにさらに強力な別の魔法で上書きしたのがシャルトリュスだった。 『死ぬのではなく眠るだけ。真の恋人からのキスにより目覚める』 よってペルシアは十六になる日まですくすくと育った。 ラグドルらに「破滅の力」を宿していると告げられて恐れた両親から幽閉されたこの塔で。 そうして運命のときは訪れた。 十六になり、半永久の眠りに落ち、これ幸いにと家族は立ち去り、ひとり、豪奢なベッドに取り残された。 代わりにやってきたのがシャルトリュスだった。 決して十七になることのない、十六のまま眠り続ける、自分自身が定めた運命の行末を見守りに度々やってきた。 ペルシアが眠りについて半世紀のときが流れても、尚。 「本当はこの手でその命をもぎ取るつもりでした」 一瞬、ラグドルは表情を強張らせた。 眠り人から視線を変えれば、普段通り、ニコニコしているシャルトリュスがそこにいた。 「でも、ね。いざ目にしてしまうと。おくるみに包まれて祝福されている小さな小さな彼の姿に決意が揺らいでしまいました」 予言を授かり、国仕えのウィザードらに情報を伝えたのはシャルトリュス自身だった。 「祝福していたはずの家族は全員逃げたがな。寝始めて半世紀。半永久の眠りよりも刹那の死。そっちの方が救済になったんじゃないのか」 「難しいことを言いますね、ラグドル君」 「乳飲み子の頃からこの塔に閉じ込められて、十六を過ぎてからは寝っぱなし。恋人なんてできやしない」 「だから半永久なんです。君の言う通り、確かにこの選択は残酷だったかもしれません」 でも、ほら、ご覧なさい? 「長いこと生きてきましたけれど、こんなにも安らかで綺麗な寝顔、初めて見ます」

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