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眠れる森の美男子と二人の魔法使い-2

年をとらず、髪も爪もそれ以上伸びず、十六の齢に磔にされたペルシアの体。 一流の画家が魂を削ってまでして描ききったかのような美しさに満ち溢れたフェイス。 半月の弧を描く蛾眉、白磁の如き柔肌に繊細な影を落とす睫毛、滑らかに整った鼻梁、愛らしい可憐な花弁を彷彿とさせる唇……。 「本当、絶世の美男子君ですね、ペルシアは」 半世紀にも渡って見守り続けておきながら、改めて乙女みたいに頬を紅潮させて照れているシャルトリュスにラグドルはまた表情を強張らせる。 「この半世紀であんたが屍体性愛(ネクロフィリア)寄りの児童性愛(ペドフィリア)だと思い知らされた」 「えぇぇぇえ? 心外ですね? 私は芸術品に接するようにペルシアを鑑賞しているだけですよ?」 「どうだかな」 一世紀とちょっとの年月を生きてきたラグドルはそっぽを向いてボソリと呟いた。 「俺が見にきているのはアンタなのに」 「え? 何か言いました?」 「別に」 「最近、すっかり耳が遠くなってしまって」 「……」 「加えて老眼、おかげで予言もイマイチ把握できなくて」 「それって大問題じゃないのか」 そっぽを向いていたはずのラグドルはシャルトリュスの顔を間近に覗き込んだ。 「アンチエイジングの魔法をかけてやろうか。皺とり、シミ消し、潤い補充」 「そんな。美容にこだわるマダムじゃあるまいし」 「食欲不振、虚弱体質、冷え症の回復、眼精疲労、関節痛の除去」 「あはは」 「スタミナ増強、精力強化」 「ありがとうございます、でもしょぼくれた私には必要ないですよ」 しょぼくれたなんて、とんでもない。 どれだけの年月を経てもアンタはいつだって若々しくて、清らかで、純粋で。 そこに横たわる禍々しい人形より何倍もきれいだ。 「ラグドル君に肩を揉んでもらう程度で十分ですよ?」 さり気なく肩もみを強請ってきたシャルトリュスの肩ではなく、頬に、ラグドルは触れた。 「おや? 今日は顔のマッサージですか?」 なーんの警戒心もなく、のほほん尋ねてきたシャルトリュスの切れ長な目をじっと見つめる。 「やだなぁ、いくらなんでも見えてますよ? 安心してください?」 大層な予言は授かるくせに身近な想いには鈍感なんだ、先生は。 流浪の魔法使い(ワンダリング・ウィザード)であるシャルトリュスの第一弟子であるラグドル、超絶ルックス超絶モテ男でありながら、ずっと不運な片恋に悩まされてきた。 「ラグドル君? だから、そんなに顔を近づけなくても……」 クスクス笑うシャルトリュスに見惚れ、いい加減、半世紀を軽く超えた片恋に我慢の限界を来たしたラグドルは無防備な唇に口づけを……。 「う」 シャルトリュスとラグドルは二人同時に堰を切ったようにベッドへ視線を走らせた。 「う、う」 二人の視線の先には魘されている眠り人が。 こんな事態は初めてのことだった。 「どうしたんでしょう、ペルシア」 「破滅の力が外へ出たがってるんじゃないのか」 「それならば却って好都合というもの、ペルシアは解放されて、外へ出た彼奴(きゃつ)を葬ればいいだけのこと」 「破滅の力」をまるで人物のように呼号したシャルトリュスは落ち着いた眼差しで魘されるペルシアを見つめている。 そんなシャルトリュスの横顔から視線を逸らせずにいるラグドル。 やっぱりアンタはきれいだ……。 「あ」 やっぱりラグドルの熱烈な視線に気づかない、弟子の感情にひどく鈍感なシャルトリュスは一重の涼しげな双眸を見張らせた。 ペルシアの閉ざされた瞼に涙が滲んだかと思えば。 すぅ、とこめかみへ伝い落ちていった。 「可哀想に」 眉根を寄せて苦しげだった表情はいくらか安寧を取り戻したように見えるが今は儚げで哀しげで。 シャルトリュスは目覚める気配のない眠り人に触れた。 女性めいた細長い指で涙を拭い、絹糸さながらなプラチナブロンドの髪をそっと梳った。 「怖い夢でも見ているのでしょうか」 「半世紀も寝ているんだ、悪夢の一つや二つ、百や千、見たっておかしくない」 「それは私の罪咎(ざいきゅう)ですね」 「なぁ、シャル。手の施しようがない悪夢に世界が呑まれる前に、やはり、コイツごと」 「そのときが来たならば私が手を下しましょう」 でも、まだそのときではありません。 イスから立ち上がっていたシャルトリュスに面と向かって断言されてラグドルはぐっと口ごもる。 ほぼほぼのほほんした雰囲気ではあるが、自分がこうと決めたことは頑として譲らないところもある師匠にすんなり折れてやった。 「腹が空いた。ご馳走するから飯でも行こう、シャル」 「ごはんですか、私、柔らかいものなら何でもいいですよ」 眠り人との逢瀬を切り上げて城の外へ移動しようとしたシャルトリュスだが、初めて魘されたペルシアのことを深く憐れんで、くるりと回れ右すると。 「おやすみなさい、ペルシア、いい夢を」 眠り人の額にキスをした。 「……おい」 「ふふ。真の恋人に相応しい姫君からのキスなら目覚めましょうが、地味おじさんのキスでは悪夢に連れ戻されてしまいますかね。悪いことをしました」 「おい」 「ああ、おじさんなんて烏滸(おこ)がましかったですね、おじいさんです、地味おじいさんです」 「おい!」 シャルトリュスは涼しげな一重目をパチクリさせた。 ラグドルはのほほんな師匠を咄嗟に抱き寄せた。 「おはよう、シャルトリュス」 眠り人だったペルシアが瞬きよりも短い間に目覚めを迎えていた。

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