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しょたヤンで何が悪ぃ?-2
「ミサキ」
いつの間にか執拗だった相手は隣から消えていた。
強張っているミサキに、シマ先生は、珍しく笑いかける。
「似合ってるな、その格好」
ランドセルではなくスクールバッグ。
半袖シャツにチェック柄のネクタイ。
グレーの制服ズボン。
「一足早く中学生になったみたいだ」
さっきまで不穏な空気に怯えて震えていたはずの吊り目が……怒り狂う野良猫みたいに殺気立った。
「うるせーー」
普段、伊達に真正面から反抗期真っ盛りな問題児を相手にしていない、次の言動まで予測できるようになっていたシマ先生は。
所構わず喚き散らそうとしたミサキの口を瞬時に片手で塞いだ。
「街中でいつもみたいに喚き立てたらお巡りさんが来る」
ミサキは吊り目を見開かせた。
初めて口を塞がれた。
こんな乱暴な真似をされたこと、学校では、一度もなかった。
「でも、びっくりした」
ミサキが言うべき台詞をシマ先生は平然と口にする。
「黒縁眼鏡、黒髪、あとちょっとで180くらいの身長。年齢は三十前後」
「ッ……ッ……」
「でも顔の方はどうだろ。俺に似てたかな。どう?」
ずっと口を塞いでいると、それもそれでお巡りさんを呼ばれそうで、シマ先生は手を離した。
ではなく。
人生初となる乱暴な真似に呆気にとられているヤンキー児童を街の死角となる場所に速やかに引き摺り込んだ。
「俺の方がかっこよくないか?」
路地裏だった。
クラスの男子の中では発育のいい体つきで制服を違和感なく着こなしたミサキは。
配管が張り巡らされた危なっかしい空間で、まだ口を利き手で覆ったままのシマ先生をおっかなびっくり見上げた。
「パパ活なんてれっきとした校則違反だ」
……これ、ほんとにセンセェ?
……学校と雰囲気違いすぎじゃ?
「罰がいるな」
やっと離れた掌。
次の瞬間。
シマ先生にミサキはキスされた。
……うそだ。
……センセェにキスされるなんて。
「ちゃんと一人で帰れるな?」
ミサキはパチパチ瞬きした。
すぐに顔を離したシマ先生をポカンと見上げた。
「もうこんなことしたら駄目だよ、ミサキ」
やんわり注意されたミサキは……キスされた理由がまるでわからずに、耳までまっかにして、上背のある担任を睨めあげた。
「こんなこと何回もしてやる!!」
「あのな」
「なっ、なんで今したんだよっ、なんでキスなんかしたんだよ!?」
「それはーー」
「うっ、うっせぇ!! だまれ!! しゃべんな!!」
「お前が聞いたから答えようとしたのに」
迫り合う壁と壁。
横を向けば数メートル先の歩道で人々が行き交っているのが見えた。
「つぅかなんでセンセェこんなとこいんだよ!?」
「偶然」
「う……ッうそつけ……!! うそつき教師!!」
「一人で帰れないのなら俺が送ってやる」
ワイシャツを腕捲りし、ベストを着たシマ先生のいつも通りの態度にいつも以上にムシャクシャしたミサキは。
「誰が帰るか!!」
シマ先生の前で制服ズボンのポケットからスマホを取り出した。
「さっきの奴と会う!」
「はい?」
「さっき、アイツ、オレのこと誘ったんだよ、なんかえろいことしよーよ、みてーな」
「……」
「興味なくもねーし? 今からもっかい会ってくる」
「ミサキ、やめなさい」
「いッ、いきなり教師ヅラすんな!!」
「正真正銘、俺は教師だよ」
肩を竦め、呆れているシマ先生に、ミサキは自暴自棄気味に言い放つ。
「じゃあセンセェが教えろよ!! えろいこと教えろ!! センセェんちで性教育実践してみろよ!!」
「お前、すごいこと言うのな」
……ほんとだ。
……何言ってんだろ、オレ。
……こーいうの、あれ、自爆ってやつじゃん。
……ほんと吹っ飛んで消えてなくなりたい……。
「とりあえず没収」
自己嫌悪に陥っていたらひょいっとスマホを取り上げられて。
ミサキは悔しげに涙ながらにシマ先生を睨んだ。
シマ先生は暗がりの中で淡く潤む吊り目を見下ろした。
「帰ろう、ミサキ」
……そーやってオレのこといつも放置する。
……ジャマくせーから遠ざける。
「むかつく、ほんと大っキライだよ、センセェなんか」
「はいはい」
「ッ……センセェに似てる奴ら選んだのは、センセェの代わりにバカにしたかったんだよ、テキトーにからかってダマしていじめてやったんだよ、そんだけだからな!」
「いじめられた人達もそれはそれで可哀想だな」
「知るか!!」
「中学生を装って危険を冒してまですることじゃない」
「うるせ!!」
「途中、ドラッグストアに寄ってローション買っていくから」
「知るか!! うるせ!! ばーか!!」
……うん?
……今、センセェ、何を買うって言ったんだろ?
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