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求愛フラストレーション-10

「……ひじ、見にきたいんなら、来てもいい……」 一瞬、誰の肘を見せるつもりなのかと幸太は不思議に思った。 「……ひじは、ひじきのこと」 「えっ、ほんと? 見にいっていいの!?」 六月上旬、晴れた日の放課後だった。 バスを降りた後、ぼそぼそと朔也に切り出されて幸太は素直に喜んだ。 「行く!」 (最近、一緒に帰るようになって、やっと朔也くんちに招かれたぞ) 「あ、でもいきなりお邪魔して大丈夫?」 「いいよ、別に……」 「コンビニでお菓子とか買っていこーか?」 「別にいらない、ウチにある……」 こどもみたいにウキウキしている幸太は。 「真希生も行くよな?」 反対側の隣を歩いていた真希生に声をかけた。 大和は部活で不在だった。 高二になるまで幸太と二人で下校することが多かった真希生は「二人もお邪魔したら迷惑じゃないかな」と遠慮する素振りを見せた。 「えー、そんなことないよな、朔也くん?」 「……別に、むりして来なくていい」 「また! なんでそうすぐケンカ腰になるかなー」 「……なってない」 羽織っているパーカーの裾を引っ張れば「……引っ張んな」と朔也に素っ気なく言い捨てられる。 「幸太が行くなら俺も行こうかな」 反対側へ偏り気味な幸太の肩を真希生は抱き寄せた。 「いい?」 幸太越しに朔也に尋ねる。 「……、……」 「あ、いいって! やったー、ひじきに会えるー。この辺散歩してるかなって気にしてるんだけど、全然見かけないんだよなー」 「……ひじは室内飼い、ひじだけで外には出さない」 「ふぅん。外が恋しくなったりしないのかな。ちょっと可哀想だね」 「……」 「あー、前もって知ってたなら猫用オヤツ買っていったのになー」 「どうもお邪魔しました!」 中邑家を出れば外はすっかり西日に浸されていた。 「ひじき、かわいかったなー、やっぱり家に猫がいるっていいなー、憧れる」 スクールバッグの取っ手をぎゅっと掴み、幸太はひじきと過ごした至福の時間の余韻に浸る。 隣を歩く真希生は微苦笑した。 「そんなに猫が好き?」 「うん、好き」 幸太が断言すると、不意に、ぴたりと立ち止まった。 「ん? 真希生? どーした? 何か忘れ物した?」 公園の入り口前で足を止めた真希生のすぐそばへ、幸太は近づいた。 夕焼けの光線を全身に浴びた幼馴染み。 滑らかな桜色の肌が茜に染まっている。 (夕方の真希生ってイケメンオーラに磨きがかかるというか) 水底のビー玉のように淡く煌めく双眸が、幸太の奥二重の眼をじっと見つめた。 繊細なシルエットを育む指が幸太のほっぺたに触れる。 「真希生?」

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