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求愛フラストレーション-20

「おつかれ、朔也くん」 「……」 「……なんで睨まれてるのか聞いてもい?」 「……ほんと疲れた、ずっとうるさいし、失神しそうだった」 「えぇぇえ」 (朔也くん、繊細なんだな……) 「……さっき、勝手に写真撮られたし」 「それはひどい」 「……言って、消させた」 「えっ? なんて言ったんだ? 相手、女子だよな? 怖いかんじで言ったんじゃないよな? そういえば帽子とステッキは? まさかどこかに忘れてきてないよな?」 「……ジャマくさいから、衣装係にさっさと返した」 ズボンのポケットからスマホをいそいそと取り出して構えた幸太に、朔也は、仏頂面と化す。 「小春ちゃんに見せるから一枚撮らせてな」 「……体育館でもう撮ってたクセに」 「あ、よくわかったなー? でもあれは遠かったし、ちゃんとはっきり写ってるの見せてあげたいから、はい、チーズっっ」 「……」 「猫背すぎ!」 朔也は極端なまでの猫背になって下を向いた。 幸太は声を出して笑う。 「……もう疲れた、帰る、片づけもさぼる」 (おれも企画と一緒に朔也くんに仮装コン出場を頼み込んだ) 慣れないこと、させちゃったよな。 でも朔也くんが注目されて誇らしかったというか。 「一番かっこよかったよ、朔也くん」 スマホが入っていたポケットとは反対側の、もう一つのポケットをゴソゴソして、幸太はそれを取り出した。 「はい、あげる」 一年生が廊下で売っていた手作りビスケット。 五つ買って、口さみしいときにちょこちょこ摘まんでいたら、いつの間にか残り一つになっていた。 「おいしかったよ。はい、どーぞ」 小袋の口をリボンで結んで丁寧にラッピングされたビスケットを朔也に手渡す。 「……」 無言で受け取った朔也はその場でリボンを解き、ビスケットを取り出した。 「……これ、ひじき入りクッキー?」 「残念ながら、ひじき入りクッキーじゃない」 「……つまんない」 「高校生の学園祭に出すには渋くない? ひじき入りクッキーって……あ」 ビスケットを半分に割った朔也に幸太は急いで告げた。 「おれはもう四つ食べたから、それ、朔也くんが全部食べ……っ」 話している途中で。 満月から半月の形になったビスケットを口の中に押し込まれた。 「はんぶんこ」 中庭を吹き抜けていった秋風。 色づくイチョウの葉にも似た、癖のない黄檗(きはだ)色の髪を靡かせて朔也は小さく笑った。 切れ長な目に見つめられて、ほんの束の間、幸太は周囲を取り巻く学園祭の喧騒を忘れる。 はんぶんこしたビスケットを自分の口の中に放り込み、もぐもぐしている朔也に、胸の奥が苦しいくらい高鳴った……。

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