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求愛フラストレーション-29

「え?」 幸太は思わず顔を上げる。 やたら近くまで迫っていた朔也の双眸に容赦なく視線を束縛された。 (朔也くんって、こんなに身長高かったっけ……?) 校内に流れ出した学園祭閉会宣言。 今までで一番近くにある切れ長な目に釘づけになった幸太は、流暢なアナウンスをぼんやりと聞いていた。 放送中、ずっと触れ合っていた二人の唇。 狭まる互いの胸の狭間で繋がっていた手と手。 一分にも満たなかった閉会宣言が終わると、朔也はゆっくりと顔を離した。 「幸太のこと好きになったから」 不意討ちで奪われて放心している幸太を改めて覗き込み、上目遣いに強請る。 「幸太も俺のこと好きになれ」 (朔也くんと……初キス……) 「幸太、聞いてんのか」 「……」 「おい、幸太ってば」 「……」 放心状態が長引いて何のリアクションも起こさない幸太に痺れを切らした朔也は。 「ッ……!?」 幸太の指をかぷっと噛んだ。 「な、なんっ……指っ……噛んっ……!」 耳たぶの隅々まで紅潮させて動揺しまくりな幸太に朔也は。 「にゃあ」 お次は悪戯に鳴いてみせた。 キャパオーバー寸前の鳴き真似に幸太は思わず悲鳴を上げそうになる。 「俺、ダメな猫みたいだからさ」 まだ掴んで離していない幸太の手に顔を寄せ、悪戯延長、朔也は強張る指を舐め上げた。 「幸太になら躾けられてやってもいい」 「な……なに言って……」 「にゃー」 「ッ……ま、また噛んで……っ」 (なにこれ、なんだこれ) 徐々に限度を超え、キャパオーバーしつつある幸太は、朔也にじっと見つめられてヒクリと喉を震わせた。 再び近づいてきた双眸にまたしても心を溶かされる。 拒むことも忘れて、ただただ、朔也に魅入った……。 「ん……っ」 朔也が羽織るパーカーを幸太は無意識にぎゅっと掴んだ。 不慣れでビクついている唇の隙を狙い、口内にまでやってきた舌先。 唇奥で生じる柔らかな摩擦。 水音を立てて(まさぐ)られる。 込み上げてきた唾液で口腔がさらに濡れ、飲み込めなかった分が下顎へと滴り落ちていく。 「ッ……!」 朔也は幸太の逃げがちな腰を抱き寄せた。 グレーのセーターとシャツを捲り上げ、直に肌身に触れた。 大和・真希生に触れられたときは、くすぐったくて笑ってしまった幸太だが。 相手が朔也だと、なんとも不埒なゾクゾク感に背筋を蝕まれて、か細く呻吟した。 「ン、ぅ……っ……っ」 ……冷たい手。 ……それなのに、体中、熱くなる。 「幸太」 やや顔を離した朔也に呼びかけられた。 とろんとした奥二重の目をパチパチと(しばた)かせていたら、ぎゅっっっ、された。 「俺の」 キスの余韻が後を引き、腕の中でぼんやりしていた幸太は、数秒の間を要してその言葉の意味を理解する。 「ッ……いや、ほんとに……なんでおれ……?」 ドクン、ドクン、やたら急いている自分の鼓動を痛感しながら問いかけた。 「男だし、何の取り得もないしさ……」 「うん、ない」 「……そこは否定しないんだ」 「でも俺は好きなところいっぱいある」 「……」 「間違えた」 「……間違えたんかーい」 「幸太のぜんぶ好き」 「……」 (朔也くんって……朔也くんって……ツンデレなのか……?) 盛り上がった学園祭も閉幕となり、各教室で後片付けが始まった校内の片隅で。 今にもゴロゴロと喉を鳴らしそうな様子で抱きしめてくる朔也に、幸太は、小さな声で「……おれは朔也くんの目、好きだよ」と呟いた。 「目だけ?」 「……えーと」 「にゃー」 「うわっ、耳噛まないでっ……好き好きっ、ぜんぶ好きっ……っ……んむむむむ……!」

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