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求愛フラストレーション-30
週末の学園祭が過ぎ去って迎えた月曜日。
幼馴染みとあんなことがあって、これからどうしようか、ひっそりと頭を悩ませていた幸太だったが。
「幸太、おはよう」
「今日は寒いね、マフラーしてこなくて大丈夫?」
至っていつも通り、自宅の門前で待ち構えていた二人に拍子抜けした。
(もしかして夢だった……?)
「俺も幸太に引っ叩かれてみたい」
(……だよな、やっぱり夢じゃありませんでした)
「大和は片方だけだったから、今度、俺に両方ビンタしてみてくれる?」
「なんでだよ!」
「引っ叩かれるなんて、親にも顧問にも先輩にも彼女にもされたことなかったな」
「……おれ、謝らないよ、大和」
「やっぱり俺には幸太しかいない」
「絶対そんなことないよ!」
(二人とも、ぜんっぜん、懲りてないというか)
おれ、絶交宣言したよな……?
二人とも、きれーさっぱり忘れてんのかな……?
「あれっ、朔也くん……?」
一本、遅いバスに乗車するはずの朔也が停留所にやってきた。
列の最後尾に並んだ彼の元へ駆け寄ろうとはせず、幸太がチラチラと気にしていれば。
「駄目だよ、幸太、列の順番は守らなきゃ」
「……後ろに行くのは別に問題ないだろ」
「もうバスが来た、ほら、乗るぞ」
「……はいはい」
大和・真希生はバスの車内でも通学路でも幸太の両隣をキープ……朔也に近づかないよう、近づかれないよう、最愛なる幼馴染みに普段以上にべったり状態だった。
(よくやるよ、二人とも……)
後ろを歩く猫背の朔也を気にしつつ、両隣を歩く二人を膨れっ面で威嚇しつつ、朔也は学校に着いた。
廊下の一ヶ所に溢れ返る生徒たち。
文化祭の模様を撮影した写真がもう張り出されており、皆、週末の思い出を振り返って朝一からハイテンションで盛り上がっていた。
「ネコミミ小野塚センパイ、これもう国宝級じゃん」
「ううん、国宝どころじゃない、これもう神レベル」
(真希生は自称・害虫ホイホイだから崇拝するのはやめといた方がいーよ……)
「大和クンにも仮装してほしかったなー」
「審査員買収してでも優勝させたげたい」
(暗黒レベルの腹黒だから優勝させたくない……)
二人に贈られる賛辞に脳内ツッコミを入れつつ、背伸びした幸太は人だかりの後ろから写真をざっと見回した。
「ぶは!!!!」
その写真を発見するなり派手に吹き出した。
(だっ……誰があんなところ撮影したんだよ!?)
見る間に赤面した幸太の視線の先には。
仮装コン後の中庭で、はんぶんこしたビスケットを朔也に食べさせられてキョトンとしている自分がいた。
(こんなの、朔也くんに餌付けされてるみたいじゃん……!!)
「タイトル、餌付け」
「ぶはっっっっ!!!!」
幸太はまたしても盛大に吹き出した。
「っ……さ、朔也くん……」
いつの間に真後ろにいた朔也と目が合う。
反射的に色々と思い出した幸太はより一層ド赤面し、フードをかぶっていた朔也はさらに深くかぶり直して。
「えーー……」
ほとんどの生徒が写真に注目している中、その集団の後ろで、真っ赤になっていた幸太にちゅっと……キスした。
「ッ……ッ……さっ、さっ、さくっ……!!」
朔也はすぐに離れた。
幸太は唖然となる、動揺し過ぎて「朔也くん」すらマトモに発音できずに、沸騰するんじゃないかというくらい頬を上気させた。
「幸太」
「ほんの数秒、目を離した隙に引っ掻かれたか」
クラスメートに囲まれていた大和・真希生がセ●ムならぬ俊敏さで幸太の元へ駆けつけた。
(よ、よかった、キスしたところは二人にも誰にも見られてな……)
「金曜日は大目に見てやったけどな」
「もう軽々しく幸太にキスしないで」
(見られてた!!!!)
「っ……金曜って、それって……まさか……?」
幸太の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた真希生は隙のない微笑を浮かべる。
「中邑くんに幸太を攫われて、止めはしなかったけれど、そのまま放置するわけないよね?」
朔也との間に割って入ってきた大和は肩越しに後ろの幸太を見下ろす。
「屋上前であんなことするなんて、幸太も案外、大胆なんだな?」
(あのときも見られてたのかよ!!??)
しかしながら。
何故に二人は最愛なる幼馴染みがキスされるのを黙って見過ごしたのか。
それはーー。
「言っておくけど幸太の初キスは俺達だから」
「……はい?」
「小中高、寝てる幸太にシた回数は数えたらキリがないな」
「………………」
(…………マジですか…………)
もう絶交どころじゃない!!
二人とも幼馴染み失格だーーーーー!!!!
「……ねー、なんかキスの話してる?」
「聞いたらダメ、妊娠する」
「お前男だろーが」
ただでさえ注目を浴びている大和・真希生のキス話に、正面の写真に夢中になっていたはずの生徒らはチラ、チラ、後ろを気にし出した。
そんなことはまるで気にしていない二人。
溺愛スキンシップ全開にして幸太にべったり、通常モードな無口の朔也に同時に言い放とうとした。
「舌だってーー」
「裸なんかーー」
言わせねぇよと言わんばかりに幸太は二人の口を咄嗟に塞ぐ。
「もうほんとこれ以上幻滅させんな!!」
(知らなかった……おれの幼馴染みは変態だったんだ……ドがつくレベルの……)
でも。
土曜日のことは近所に住む二人も、誰も、知らない。
『朔也、く……っ』
『……俺のと擦れてきもちい?』
『ぅ……ん……っ……ぁっ……おれ、もう……』
『いきそ?』
『っ……う……ん……』
『ん、俺も一緒に……』
『うにゃ~~』
『ッ、ひっ、ひじきっ、ひじき入ってきたんですけど!?』
『……ひじ、あっち行って』
『うなぁ~~』
小春ちゃんはお父さんお母さんとお出かけ、誰もいなかった午後の中邑家で。
二時間くらいスケべなことしちゃったのは。
おれと朔也くんと、ひじきだけの秘密……だ。
「しー」
それまで無言だった朔也は、唇の前に人差し指を立て、癖のない黄檗色の前髪とフードの陰で幸太にだけ笑いかけた。
笑いかけられた幸太は、ちょっとだけぎこちなく、照れくさそうに笑い返した。
「「…………………………」」
最愛なる幼馴染みに関して一際勘の鋭い大和・真希生は秘密の匂いを嗅ぎ取った。
そして、ちょっとだけ、気が狂いそうになった。
(やっぱり土日も幸太から目が離せない、スマホに追跡アプリでも仕込もうかな、ううん、それだけじゃあ心許ない、部屋に盗聴器……)
(中邑、目障りにも程がある、どう処理するかな……今は奴の毛色と生態が物珍しくて一時的に気になってるだけだ……幸太……今すぐ抱き潰したくて堪らない……)
(幸太、好き、好き)
いずれ三者三様の求愛に今以上にもみくちゃにされる定めにある幸太は。
(もうビスケットは絶対誰にもあげない、独り占めしよう)
そう、心に誓うのだった……。
end
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