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ベータな生徒はアルファの先生に選ばれたい!-2

樫井は凌空の学年受け持ちの教師ではなかった。 『二年担のセンセイで樫井っているじゃん?』 『あいつ怖いよねー。映画や漫画の悪役みたい』 『廊下ですれ違うだけで緊張する!』 入学当時、樫井は二年生の受け持ちであり、一年生だった凌空にとって「あんまり知らない先生」だった。 (何回か見かけたことあるけど、確かにおっかない感じする) しかもアルファだって。 アルファって、頭よくてテストでは上位、運動もできて部活では必ずスタメン、意識高い系が多くてあんまりつるんだことない。 (付き合うコもみんな同じベータだったし、元々アルファとは縁がないよーなもんだ) 今の教室でも数少ない優秀なアルファはアルファ同士集まっていて、過半数を占めるベータも然り、各クラスにちらほらいるオメガは身を寄せ合うでもなく単独行動が目立っていた。 (アルファの先生って頭いいクラスの受け持ちだし、そもそも二年担当だし、俺は文系だし、おっかない樫井先生と接触持つことなんてないでしょ) 樫井との接点がない凌空はそんな風に思っていたのだが。 『ワンコみたいな奴』 放課後、用事があって職員室へ向かったときのことだった。 『わ!』 扉をガラリと開けば目の前に樫井がいて凌空はつい声を上げた。 不意打ちのエンカウント。 乾いた眼差しをモロに至近距離から浴びてその場で硬直してしまった。 (やばい! 怒られる!) 「怖い先生」だと頭の中に刷り込まれていた凌空はあからさまにびびった、ぎゅっと目を閉じ、肩を縮こまらせ、反射的に防御モードに入った。 あんまりにもあからさまな反応に厳しい一声でも飛んでくるかと思いきや。 『金縛りにでも遭ってるのか、お前』 初めてちゃんと聞いたドライめ低音ボイス。 ただ想像していたよりも刺々しくなくて、凌空はおっかなびっくり目を開いた。 『飼い主に注意されてるワンコみたいな奴』 うっすら笑った樫井に頭を撫でられると限界いっぱい目を見開かせた。 『すっ……すみません、ごめんなさいでした!!』 耳まで真っ赤にして凌空は職員室から全速力で離れ、その勢いで家に帰った、次の日に用事があって呼び出していた教師からは怒られた。 (樫井先生ってあんな風に笑うんだ) ぱっと見は細身だけど、手、おっきかった。 指、長くて、関節は骨張ってるかんじ。 (ていうか、ワンコって言ったよな、なんか意外、あの見た目なら犬って素っ気なく呼びそうでない?) 些細なギャップ、頭を撫でた手、鼓膜に心地よく浸透した声。 やや目元にかかる前髪越しのオトナな眼差し。 (まー、第一印象のおっかないは変わんないけど、思ったよりも話しやすそうというか) 樫井先生って何歳? あれ、そーいえば結婚してるんだっけ? (独身だとしても恋人とかいるのかな……オメガの) そんなこんなで凌空は樫井にうっかりすっかり恋に落ちてしまった。

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