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ベータな生徒はアルファの先生に選ばれたい!-7
(ご褒美って何!!!!???)
友達とのランチには行かず、両親共働きで誰もいない自宅へ直帰して気もそぞろに一人で昼食を食べ、私服に着替えた凌空は。
樫井が住むマンションの斜め前で今にも暴発しそうな心臓に眩暈すら覚えていた。
(吐きそう!! てか死にそう!!)
『制服じゃなく私服で来るように。そうだな、三時頃なら丁度いい』
樫井に言われた通りに緊張しながらもホイホイやってきた。
(てかさ、俺が住所知ってることを知ってるってことは)
先生んちの周辺ウロウロしてたの気づかれてたってこと……?
郵便受けで部屋番号チェックしてたことまで……?
つまり俺のストーカー行為がバレてたってわけ……?
「ひぃぃ……」
てかさ、ほんとなに、ご褒美って。
わざわざ受け持ちでもない生徒を自宅に呼び出すなんて。
(滅多にないこと……だよね?)
キャップをかぶり、ショート丈のダウンジャケットを着込んだ凌空は……意を決してマンションの出入り口へ……向かおうとして急な回れ右……なじみ深い電信柱の陰で右往左往……なかなか踏ん切りがつかずに十分近くウロウロした。
(あ……もう三時半になる……)
樫井先生、俺のこと待ってるのかな?
樫井先生が俺のこと待ってるなんて信じられない。
(これって……これって……)
期待しちゃってもいいやつなのかな……?
今度こそ意を決した凌空は樫井の住むマンションへ。
オートロックではない出入り口を突破し、把握済みである三階の部屋を目指した。
もうこれ以上樫井を待たせてはいけないと、突き指する勢いでインターホンを一回だけ押した。
「はい」
早過ぎず遅過ぎず、極々普通のタイミングでドアを開けてくれた樫井。
学校のときと同じ格好をした彼に平然と招かれ、緊張でガチガチな凌空は何故だか抜き足差し足忍び足となって教師の自宅にお邪魔した。
予想と違わないシンプルな内装。
片付けられた1LDKの部屋はこざっぱりとしていた。
「あれ」
挙動不審気味だった凌空だが、ソレが視界に入ると緊張も忘れて釘付けになった。
少人数用のダイニングテーブルに置かれた一枚の白いお皿。
その上には色とりどりのマカロンが並べられていた。
「幸村、お前コーヒーは飲めるのか、牛乳多めにすれば――」
「マカロンだ!!!!」
こどもみたいに大声を上げた凌空に樫井は目を見張らせる。
「これ! あの白いケーキ屋さんのマカロンでしょ!? いっぱいある! えーと、うわ! 八個もある!? すごい!!!!」
マカロンを見るなりテンションぶちあげ状態となった凌空は、はたと我に返り、慌てて口を閉じた。
真顔の樫井にじっと見下ろされて、紛うことなき近所迷惑を咎められるかと防御モードに入りかけた。
「えっ」
凌空は樫井に注意されなかった。
十七歳の生徒は二十八歳の教師に真正面から思いきり抱きしめられた。
樫井の両腕の中で凌空は限界いっぱい目を見開かせる。
息をするのも忘れそうになった。
(樫井先生にハグされた)
今まではハグする側で、こんな風にハグされた経験はゼロだった。
ベータにおいて身長は高い方で、自分よりも背が高い男の両腕にこんな風にすっぽりおさまるなんて初めてだった。
(軽く死にそう)
自分の心臓がどっくんどっくん鳴っているのを否応なしに感じ、キャップがずれた凌空は、小さく息をつく。
焦がれ続けていた教師からの力強いハグ。
樫井の体温が全身に染み込んでいくみたいだった。
(このまま死んじゃっていいかもしんない)
心臓はどっくんどっくんしているものの、樫井の腕の中はとてもあったかくて心地よく、凌空は自然と目を閉じかけた。
ふと離れていった体温。
半開きだった目を全開にすれば自分を覗き込む樫井と至近距離で目が合った。
(あ、やばい)
これって、これって。
もしかしてキスされるのでは――。
「取り乱した」
顔面真っ赤になっていた凌空は、樫井からキャップをいきなり目深に被らされてびっくりした。
「お前があんまりにも無邪気にはしゃぐから」
「お……俺のせい……?」
「だって、そうだろ」
キャップのツバ越しに仰いでみれば樫井は珍しく笑みを浮かべていた。
「ずっと取り乱してる」
「ず、ずっと? 先生が? ぜんっぜん取り乱してるとこ見たことないけど?」
「守るべき生徒の内の一人を好きになった。それからずっと思い続けてるなんて取り乱してる以外にないだろ」
「……」
「なぁ、幸村」
キャップ越しに頭を撫でられて凌空はついつい涙をポロリした。
「泣くなよ」
「うぇぇん」
「泣かれたらキスしたくなる」
「っ……し……してください、キス……」
頬に伝った凌空の涙をセーターの袖で拭い、樫井は言った。
「お前が卒業したら死ぬほどする」
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