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ベータな生徒はアルファの先生に選ばれたい!-8
色とりどりのマカロンは今まで食べてきたお菓子の中で一番甘くておいしかった。
「俺、見てたんです、この間のバレンタインデー……先生がオメガのコからチョコレートもらうの」
「彼女はその場で断ったが。そこまで見てなかったのか」
「……見てない、です」
「俺への好意剥き出しでウチまでついてくるくせ、お前は一度もチョコレートくれなかったな」
「だ、だって……! 先生はアルファで……俺はベータで……接点なかったし」
「接点なんていらないだろ。お互い、同じ気持ちを共有しているんなら」
キャップを外した凌空はダイニングテーブルについていた。
最後のマカロンを食べ終え、カップを両手で持ってホットミルクをゴクゴクしていたら、向かい側に座る樫井が小馬鹿にするみたいに笑った。
「幼稚園児みたいな奴」
聞き慣れない低めの笑い声。
鼓膜がぶるぶる震えるようだった。
「……おい、幼稚園児でもブクブクさせないぞ」
「ぶぶぶ……すみません」
「チョコをくれないお前への腹いせに、ホワイトデー、嫌味のつもりでマカロンを渡す予定だった」
「い、嫌味」
「去年も今年も待ってたのにな」
「えぇぇぇえ」
片頬杖を突いた樫井の言葉に凌空は口をへの字に曲げる。
「俺ぇ、一応買ったんです、チョコ」
「ふぅん」
「そこのコンビニで」
「コンビニかよ」
肩を竦めてみせた樫井に片手を差し出されて凌空はきょとんとした。
「ちょうだい」
(あの樫井先生が、ちょうだい、って……ひょぇぇ……)
「家にあるのか」
「あ、もうないです、食べちゃいました」
「……」
「だ、だって、樫井先生、あのオメガのコと付き合うと思ったから!?」
「彼女からのチョコは受け取っていない」
「……ふぐぅ」
「早く出せ」
「だ、だから食べちゃいました」
「出せ」
「ひぃぃぃ……」
砂糖もミルクも入れていないブラックコーヒーを飲み干した樫井は、縮こまっている凌空に素っ気なく言い放つ。
「食べ終わったんなら、もう帰れ」
(お邪魔してまだ三十分も経ってないのに!? 早っっっ!!)
「えぇぇ~~……先生んち、もっと満喫したいですぅ~~」
「おみやげに焼き菓子をやる」
「やったーーーー!!」
そんなわけで樫井宅から半ば追い出されるように帰宅を急かされた。
もらった焼き菓子の詰め合わせをショルダーバッグに仕舞い、キャップを手にした凌空は、樫井の誘導で玄関へ。
「じゃあな、幸村」
(ううぅぅ……なんか素っ気な……)
「ウチに招くのはこれで最後だ」
「え!?」
「お前が在校している間はな」
(そんなん聞いてないよぉぉお)
凌空は膨れっ面で樫井を見上げる。
学校のときと変わらない無表情ぶりで樫井に見下ろされると、本気で言っているのだと痛感し、しょ気そうになった。
(……でもまぁ、樫井先生は先生だし、俺は未成年の生徒だし、仕方ないのか……)
「……あ、十八になったら来てもいい!?」
「卒業するまで駄目だ」
即答されてがっくり。
しかし、がっくりしている場合ではない。
これから二人きりで会える時間など、きっと、そうそうない。
それならば全身に焼きつけておきたい。
樫井とのレアな逢瀬を。
「ぎゅ!!!!!!」
キャップを手放した凌空は正面から樫井に抱き着いた。
背中に両手を回し、胸に片頬を密着させ、アルファの教師を全力でハグした。
「樫井先生、大好き!!!!!」
幼稚園児でもここまでストレートに感情表現するのは珍しいかもしれない。
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