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恋してせんぱい/脇役的男前高校生×平凡眼鏡中学生

「先輩、ま、待ってください」 「……」 「あ、あ、駄目、いれちゃダメ……っぁぁ……っ」 「……本条……」 *** 中等部二年の本条真貴(ほんじょうまき)には憧れの先輩がいた。 「あ、トキ先輩だ」 「今回のテストも総合成績トップだってよ」 「中一からずっと一位とってんだろ?」 この学園の者ならば誰もが知っている高等部三年の香原時史(かはらときふみ)。 文武両道、さらに容姿端麗、その上温厚篤実ときた、正に全てが揃った才色兼備なる上級生。 大人しい、華奢な、眼鏡をかけた地味寄りの本条は。 校内を歩けば下級生の注目を自然と浴びる、色鮮やかな世界を緩やかに歩んでいるような香原先輩を。 図書館から借りてきた本越しに密かにそっと憧憬していた。 それが、いつから、だろう。 「トキ、食券買っといたぞ」 「ありがとう、燎」 「人気のA定確保したんだからな、揚げドーナツか、お前を崇めてる信者の女子一人くらい見繕ってもらわねーと」 憧れの先輩の隣には鐘ヶ江燎(かねがえりょう)という同級生がよく並んでいた。 中等部からの仲らしい、友達の中でも香原と一際親しげな彼は際どい冗談を言っては周囲を笑わせるか呆れさせるかし、ムードメーカーの役割を卒なくこなしていた。 最初、本条はこの鐘ヶ江が苦手だった。 直接的な関わりなど一度だって持ったことはなかったが、教師が眉を顰めそうな過激な言動、あまりにも着崩した制服、本越しに目の当たりにしてきた鐘ヶ江の何もかもが受け入れられなかった。 トキ先輩はどうしてあんな人と仲がいいんだろう、そう疑問に思うこともしばしばだった。 それなのに。 「午後にある数Ⅱ小テストのカンニングペーパー作ってくれ」 「トキ、信者向けにグッズつくって売って商売始めねぇ?」 「コーチうぜーんだよな、効果てき面な下剤、誰か知らねぇ?」 品行方正を謳う学び舎の中心で大胆不敵に研がれた台詞と笑顔。 本条の視線はいつしか香原から鐘ヶ江へ。 苦手で受け入れられなかったはずの上級生を目で追うようになった。 時々、先輩と目が合うように思うのは気のせいかな? 実際、それは気のせいじゃなかった。 「セコイ見方してるよな、お前」 昼休み、食事を済ませた本条は図書館で本を借り、中庭を横切って教室へ戻ろうとしていた。 ベンチで食事をとっている鐘ヶ江達が視界に入って、思わず、足を止める。 分も少し離れたベンチに腰を下ろし、本を読んでいるフリをして、ちらちら視線を向けていたら。 「え」 それは錯覚ではなかった。 明らかにこちらを見据えた鐘ヶ江はいきなり立ち上がったかと思うと大股でやってきた。 強張っていた本条を覗き込むと、いきなりそんな言葉と不敵な笑みでもってバクバクと鼓動していた胸を撃ち抜いて。 「来いよ」 フリーズ中の本条の片腕をむんずと掴むと立ち上がらせ、急な行動に下級生と同じく驚いていた香原を含む同級生達の前まで連行すると、言った。 「こいつトキに処女捧げたいんだと」 ……やっぱり苦手です、鐘ヶ江先輩。 「ごめんね、本条君」 「あ……っ、えっと」 「悪気はない、とは言えないよね、あれは」 「俺に悪気があったって言いたいのかよ、トキ? コイツ完全物欲しそうに盗み見してたのに?」 「またそういうこと言う、燎は」 何だか変だ。 あんなに憧れてたトキ先輩と初めて話ができて、名前まで覚えてもらって、こんなに近くで笑いかけてもらって。 それなのに。 「お前のせいでトキに怒られたじゃねぇか、本条」 鐘ヶ江先輩に名前を呼ばれた。 そっちの方にどきどきするのは、本当、どうしてだろう?

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