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恋してせんぱい-2
それからというもの校内で出くわす度に鐘ヶ江は本条をからかうようになった。
「本条、眼鏡だせぇよ、誰かのお下がりか?」
「ちゃんと飯食ってんのかよ、ガチで草食系か?」
「ジャージだと小学生だな」
香原がいる時はやんわり止めに入ってきてくれるが、単身の際は教室や体育館までついてきては愉しげに揶揄し続ける。
もう嫌だ、恥ずかしい。
眼鏡はもちろん自前だし、お肉だって食べるし、体育でジャージに着替えたら……確かに制服の時より子供っぽく見えるけど。
「本条ー」
うそだ、トイレに行こうと思ったら廊下にいる。
……変だよ。
……だってここは中等部の校舎なのに、高等部の上級生はそうそう来ない場所なのに。
「お前、アレの日?」
「え?」
「今日、生理?」
「え! ッそそ、そんなわけ……ッ」
また笑われた。
やだ、もうやだ、こんなのやだ。
「本条、おもしれぇな」
どうして鐘ヶ江先輩にこんなにどきどきするんだろう。
放課後、図書館へ寄らずに下校しようとしていた本条の耳にその言葉は飛び込んできた。
「鐘ヶ江センパイかっこいい」
体育館前、開放された通用口に群がる高等部と思しき複数の女子、彼女達の向こうに見えた……部活動中の鐘ヶ江。
バスケの練習試合、いつになく真剣な表情で華麗にドリブル、相手ディフェンスを掻い潜ってシュートを決める。
バスケ部所属ということも知らず、今日初めて鐘ヶ江のプレイを目にした本条がつい我を忘れて眺めていたら。
「ほんとに告るの?」
「うん、鐘ヶ江センパイ、来年卒業しちゃうし。部活終わったら倉庫前来てくださいって、お願いしといた」
本条は、その場から離れて、校門へ向かった。
校門を抜け、緩やかな坂道を下り、閑静な住宅街を突っ切ってバス停へ。
自宅近くを通過するバスがやってきた。
本条は、乗らずに、閑静な住宅街を突っ切って、緩やかな坂道を上り、校門を潜った。
まだ女子が群がっていた体育館を素通りして図書館に入ると隅っこで本を広げた。
ページは一度だって捲られなかった。
「俺、今、好きな奴いるから」
体育館脇に併設された体育用具倉庫の前。
後片付けは後輩がすでに済ませ、戸締りのため鍵を持っていた副主将の鐘ヶ江は、約束していた下級生との話が済むと開かれたままの扉を閉めようとした。
「鐘ヶ江先輩」
駆け足で去って行った下級生と入れ替わるようにして鐘ヶ江の元を訪れたのは本条だった。
「ごめんなさい、僕、聞いてました」
「へぇ。すげぇ偶然だな」
「偶然じゃないです。さっきの先輩が鐘ヶ江先輩に告白するって話を聞いたのは……偶然でしたけど」
鞄を抱えた本条は砂地をざりざり踏んで鐘ヶ江の前までやってきた。
眼鏡レンズが夕日を反射して茜色を浮かべている。
「好きな人、いるんですね」
ブランドのロゴが入ったタオルで雑に顔を拭った鐘ヶ江は本条に答えた。
「お前には関係ねぇよ」
そう、そうだ、僕と鐘ヶ江先輩は住む世界が違う。
トキ先輩とはまた別の、鋭いくらい鮮やかな世界を堂々と突き進むこの人は僕にとって遠い遠い存在。
憧れることもできないくらい。
「そうですね、ごめんなさ……」
ぶわりと涙が溢れ出た。
今までで一番恥ずかしくなった本条は慌てて鐘ヶ江の前から逃げ去ろうとした。
その手を掴んで引き止めた鐘ヶ江は。
視線が合う度に想いが加速していき、いつしか自らその姿を探すようになっていた下級生を……抱きしめた。
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