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裏ヤン表デレチルドレン/美形ヤンデレ三兄弟×平凡天然パパ

深海和之(ふかみかずゆき)は今年で四十三歳になる。 市の公益財団法人、芸術文化振興財団に所属しており、絵本美術館において運営スタッフを指導する中間管理職に就いている。 美術館では常設展の他にワークショップや読み聞かせ講座といったセミナー、校外学習を対象としたスクールプログラムなど、数多い企画を定期的に開いて安定した来場者数を保っていた。 「お先に失礼します」 午後六時、今日は残業を控えて定時きっかりに和之は仕事を上がった。 緑いっぱいの小さな庭園に囲まれた、それこそお伽話に出てきそうな、煉瓦壁に蔦の絡まるゴシックな洋館風の三階建て美術館を後にする。 教会、公園、瀟洒なステンドグラスの窓が目を引く喫茶店の前を通り過ぎ、鬱蒼と連なる街路樹の下をゆったりした歩調で進む。 帰宅ラッシュで程々に混み合う表通りに出た。 シャツにセーター、ジャケットを羽織った和之は自分が指定した待ち合わせ場所をのんびり目指す。 カランコロン 一本裏通りに入った路地裏の洋食レストラン。 個人経営で顔馴染みの夫婦からカウンター越しに揃って会釈され、和之は「こんばんは」と挨拶し、数組の客がいるこじんまりしたフロアを練って歩いて。 「みんな早いですね」 予約していた奥のテーブル、すでに揃っていた家族一同にふわりと顔を綻ばせた。 「お父さん、再婚しようと思うんです」 あまりにも衝撃的な父親の台詞を耳にした瞬間、彼らの手は皿の上で見事一斉に止まった。 「それはまた……とても急だね、父さん?」 高校二年生の長男、(あい)がまず最初に口を開く。 「ちょっと待って、それ、もう相手がいるってこと?」 中学三年生の次男、(あお)が思わずカチャンとナイフとフォークを音立たせた。 「パパ、ママのこと忘れてしまうんですか?」 小学五年生の末っ子、(あおい)が真っ直ぐな眼差しで斜向かいに着く和之を見つめる。 今は亡き母親の美しさをそっくりそのまま受け継いだ三兄弟。 しっとりした黒髪、冴え冴えと煌めく双眸、滑らかな肌、口元のほくろ、どれも母親の面影を漂わせている。 「碧君。お父さん、忘れるわけじゃないんです」 極々普通の一般的な<お父さん>、最近、白髪がちらほら出てきた和之の息子には……正直、あまり見えない。 四十三歳だが肌艶がよくて三十代後半に見られたり、メタボには縁のない痩せ型で特にルックスに問題があるわけではないのだが、親子比べると、やはり相当な差がある。 唯一、眼鏡をかけていることが共通点くらいか。 「お母さんが亡くなって六年が過ぎましたね」 三兄弟にこぞって見つめられた和之はやんわり笑顔を浮かべて息子達の顔を見渡した。 その視線が最後に定まった先は末っ子の碧だった。 「パパ」 「忘れてほしいわけじゃありません。ただ、やっぱり、君には母親が必要だと思うんです」 彼等の会話が聞こえていた店の人間や他の客はぐっと胸を詰まらせた。 しかし当の三兄弟は。 「もしかして水涼さんに言われた?」 「水涼叔父さんに言われたんだよね?」 「叔父さんの入れ知恵でしょ?」 『あの子、まだ小さいもの、お母さんが必要よ』 義理の弟である水涼(みすず)に言われたのかと一斉に問い詰められて。 和之は……素直に頷いた。 「そうです」 「「「やっぱり」」」 肩を竦めた三兄弟は何事もなかったかのように食事を再開させ、和之は「あの、でもお父さんも本気で考えてるんです」と思わずテーブルクロスの余りを握りしめて続けた。 「ほら。婚活パーティーっていうの、あるじゃないですか」 「やめなよ、父さん、天国で母さんが怒ってるから」 「お母さんに呪われるよ」 長男次男の言葉に和之は目を丸くした。 「職場でバレンタインデーのチョコレートをもらってきただけで、母さん、おじいちゃんおばあちゃんの家へプチ家出したよね」 「お父さんがホワイトデーにお返し、返そうとしたら、樹海に行こうとしたよね」 どちらも本当のことだ。 何かある度に樹海旅行へ出かけようとする彼女を落ち着かせるため、彼女が大好きだったバラの花束を和之はよく贈ったものだ。 「パパが新しいママを迎えたら、ママ、天国でとっても悲しむと思います」 病に伏して天国へ旅立った母親のことを思っているのだろう息子達に口々に反対されて。 「わかりました、再婚しません」 しょんぼり気味な和之は再婚しないと約束した。 最愛なる父親の言葉に、そっと、見目麗しき三兄弟は意味深に視線を通わせ合った。

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