52 / 136

裏ヤン表デレチルドレン-3

昼休み、授業中の静けさが嘘だったかのように生徒達の笑い声で満たされゆく近代的デザインの学び舎。 「あら。これからお昼なんだけど」 図書館や音楽室といった特別施設が集まる校舎の三階は美術科目フロアとなっている。 造形室、デザイン室など目的別の専用教室が揃う中、木の暖かみに満ちたデッサン室にて。 「早く行かないとアタシが好きなビーフシチューランチ、売り切れちゃうのよね」 カフェテリアへ向かおうとしていた美術教師は足止めを喰らい、ご機嫌斜めのようだ。 「その次に好きなハヤシライスだって人気あるし」 「いい加減、その場の下らない思いつきで僕達を掻き回すの、やめてもらえない?」 雑然と並ぶイーゼルの間に立ち、人差し指の第二関節を浅く噛み続けている藍。 「部外者なんだからさ。あんま図々しく割り込んでこないでね。害虫みたいに」 丸椅子に座った蒼は何もない床の隅に向かって言葉を吐き連ねる。 「新しいママとか、ボク、ぞっとしました」 石膏像のそばに寄り添った碧はこどもらしからぬ大人びた微笑みを眉目秀麗な顔立ちに添えた。 「ボク、余計な血はお家に入れたくないです」 「あら、やだわ。それ、こどもが言う台詞かしら」 三兄弟の叔父にあたる水涼は両腕を組んで大袈裟にため息をついてみせた。 まるで藍の兄のような。 片耳にピアスをし、三十七歳には見えない瑞々しさに満ち、同時に隙のない張り詰めた鋭さを持っている。 それでいて女性的な言葉遣いがよくはまっていた。 「いい加減、雁字搦めに束縛してないで解放してあげたらどうなの」 叔父の言葉に三兄弟は意味深に視線を通わせ合うと、三方向からレンズ越しに心底蔑むように疎ましい親戚を見つめてきた。 『水涼くん、どうもこんにちは』 少しも怯まずに甥っ子らを堂々と見返す水涼の脳裏には。 物心ついた頃から視界の中心にいた、幼馴染みだった姉と結ばれた、初恋の人が。 「あんまり調子乗んじゃねぇぞ、ファザコンガキども」 祝日の月曜日。 毎週月曜は絵本美術館の休館日であり、仕事もお休みの和之。 「今日はこれ、読んでください」 三兄弟に囲まれて絵本を読んでいた。 長男の藍が生まれた頃に購入した世界童話集の一冊だ。 次のページを開けば紅葉やイチョウなど、落ち葉の栞がふわりと零れ落ちてくることがあった。 「パパ?」 彼女が遺していった小さな息遣いに思わず心を奪われてしまう。 愛しい物語の先が読めなくなり、深い回想に(今)を見失ってしまう。 「……父さん」 眼鏡をカチャ、と押し上げて俯いていた和之を後ろからゆっくり、静かに、藍は抱きしめた。 「幼い頃から一緒にいたから。数えきれないくらいあるよね。この絵本よりたくさん、色んなページがあるよね」 「……藍君」 お気に入りのクッションとブランケットが積み重なったソファはまるで巣の中のような。 あたたかくて、血の繋がりあるものだけで成す、終の棲家。 ぽかぽかして、うとうとして、眠気が回想を打ち負かして。 藍の腕の中で和之はこどもみたいに眠り込んでしまった。 「寝ちゃった」 蒼は父親の寝顔を覗き込むとレンズ下で静止した睫毛の長さに見惚れた。 碧は膝の上に置かれていた絵本を移動させ、代わりにブランケットをかける。 和之を抱きしめていた藍は目の前の首筋にそっと顔を埋めた。 父さえいてくれたら他は何にもいらない子ら。 そう。何にもいらなかった。 巣の中にいていいのは父と血を分かつ子らだけ。 残りは敵。 巣を脅かす者には牙を剥いていい。 この棲家と最愛の人を守るため。 余計な血で濁らせないため。 「「「ずっと一緒だよ」」」 眠りについた和之の唇に順々に口づけた藍と蒼と碧。 深海家の前までやってきた水涼は玄関ドアを訪れることなくただ路上に佇んでいた。 息子達からの過度な異常愛情をただ純粋に受け取っている和之の身を案じて。 ずっと密やかに想い続けている初恋の人を焦がれて。 「あ……すみません、眠ってしまいました……」 「父さん、代わりに僕が読んであげようか」 「アンデルセン? ペロー?」 「おやつ食べますか?」 ずっと永遠に一緒だよ? end

ともだちにシェアしよう!