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兄弟フラストレーション-2

いつから? わからない。 どうして? わからない。 気が付いたら、もう、そうなっていた。 家を離れた兄。 距離ができて、寂しくて、会いたくて。 「ただいま、広海」 距離ができたからこそ胸が弾んだ再会。 それがいつの間にか心臓の裏が焦げつくような高鳴りに変わった。 「また次の休みに帰ってくるからな、広海」 別れが切なくなった。 昔よりも、もっと。 「おーい、広海」 校門を抜けたところで呼びかけられて広海はどきっとした。 視線を向ければ見覚えのないツートンカラーの軽自動車。 運転席から顔を出して岳之が大きく手を振っていた。 「前のと違う」 「買ったんだ」 「どこ行くの。家帰って勉強したいんだけど」 「焼肉」 「は?」 「焼肉。カルビ、タン塩、ロース、ハラミ、キムチ、クッパ」 「……お父さん達は」 「焼肉はヘビーだからいいってさ」 混み合う本通りを避けて裏道をスイスイと進む岳之。 飾り気のない車内。 交通安全の御守りだけがフロントガラスの端っこにくっつけられている。 夕方のラジオが流れ、冷房がよく効いた車中、シートベルトを締めて助手席に座った広海は見慣れた風景が快速に過ぎていくのを眺めた。 「あんなところにドラッグストアできたんだ」 「レンタルショップは潰れたよ」 「そうなのか。昔あそこでよく親父にアニメ借りてきてもらった」 兄の言葉に弟はつい小さな声を立てて笑った。 焼肉を食べた後、岳之は適当に車を走らせてドライブへ。 夜七時を過ぎて暮れゆく時間帯、勉強で大変そうな弟の気分転換も兼ねてバイパスに乗った。 「どこか行きたいところないか?」 「海とか」 「この時間に泳いだらクラゲに攻撃されるぞ」 「泳がないし」 「俺は泳ぎたい」 「溺れても助けないから」 空いた道を走り抜ける新しい車から暮れなずむ街を遠目に眺めるのは気持ちがよかった。 「きれい、夜景」 自分の前ではいつも硬く強張っていた表情を和らげ、助手席でゆったり寛いでいる弟の様子に岳之はほっとする。 やがてパイパスを降りてすっかり暗くなった海岸線を走っていたら。 ホルダーにセットされていた岳之の携帯が小さな着信音を奏でた。 メールだった。 暗かった画面にメッセージが表示される。 広海は背もたれに深く身を沈めると俯いて呟いた。 「帰りたい」 「泳がないのか?」 「……もういい……帰って勉強しないと」 急に普段の素っ気ない態度に戻ってしまった弟を隣にし、正面を見据えていた岳之は緩やかにカーブを切った。 交通が少ない本道から脇道に入ると人気のない竹林に車を寄せてエンジンを切る。 停車したことに暗い車内で俯いたまま戸惑っている広海に問いかけた。 「どうした、広海」 「……何が」 「何がって」 お前、泣いてるだろう?

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